児童相談所は正義の組織

2026年6月13日再診の40代女性が、こんな話をする。
「巨人の阿部慎之助監督が、娘さんへの虐待で現行犯逮捕された一件が世間の注目を集めました。長女(18歳)と次女(15歳)がきょうだいゲンカをしていて、阿部監督が仲裁に入った。そこで長女に言い返されたことで監督は激高し、長女の胸倉をつかんで倒した。長女さん、自分の部屋に戻り、現状とその対応について、対話型AI(ChatGTP)に相談した。AIの「児童相談所に通報しなさい」との返答を受けて、娘さんは実際に児相に通報した。児相からの通報を受けて警察が阿部氏宅に駆け付け、虐待の事実を確認し、阿部氏を現行犯で逮捕、阿部氏は責任をとって巨人の監督を辞任、という流れです。一般メディアでも大きく扱われたので、先生もご存知かと思います。
娘さんがAIに相談し、その返答を真に受けて実際に行動したことから、話がここまで大きくなった。ここが、いかにも現代を象徴しているところで、メディアでもこの点が大きく取沙汰されました。

私は児童相談所の職員をしています。AIがどうのこうの、という点についてはともかく、児相の立場で言えば、警察への通報は当然です。「親から暴力を振るわれた」となれば、子供の安全を最優先する。リスクを防ぐ意味で、警察への通報は、極めて適切な対応です。こども家庭庁のマニュアル通りの対応です。
通報を受けた警察がどうするか、それは分かりません。個人的には、逮捕までいくのはやり過ぎだと思います。選手としてすばらしい成績を残し、監督としてまだまだこれから、というひとりの人間のキャリアを大きく傷つけた。そこまでの社会的制裁が必要だったのかというと、明らかにやり過ぎだと思います。

今回の一件で児童相談所の存在がクローズアップされましたが、その前から、児相は世間からずいぶん冷たい目で見られていました。「子供をひとり連れ去れば国から30万円支給される」とか「児相は保護件数を増やしたいから無理やり保護する」とか、SNSでいろいろ言われていますが、それこそ都市伝説です。全然事実じゃありません。
確かに、保護された子供の人数に応じて公費が支給されるのは本当です。でもこれは、子供を保護すれば、その子の生活費とか食費がかかるし、子供の対応をするのに職員の労働も増えるのでそのための費用とか、そういう必要経費をまかなうものであって、児相の職員が自由に使える「ボーナス」なんかでは決してありません。

現場の感覚でいえば、児相に強い権限が与えられたことで、むしろ困っています。そもそも私たちは福祉の人間なんですよ。それなのに、「こども警察」のような役割を担わされている。ミニ警察みたいに動かされている。
世間には、「機能不全家族」というのが確かにあります。ときどき虐待の末に子供が死亡した、みたいなニュースがありますよね。親としての愛情なんてひとかけらもない、とにかくひどい虐待で、でも子供なので、「助けて」の声をあげられない。そういう子供たちを守るために、児相に強い権限が与えられた。そういう経緯があるわけです。でも実際、そういう権限を行使すれば、「児相は人さらい組織だ」とか悪口を散々言われるし、ときには、親から裁判を起こされることもある。「子供を返せ」と。
30万円かどうかはともかく、保護された子供の数に応じて公費が支給されるのは本当です。でもそういうのは、現場の私たちには何も関係ありません。たとえば、裁判になった。原告は子供の親、被告は私たちです。すごく消耗します。子供を守ろうとしているのに、なぜこんな裁判所で戦っているんだろうって。本音を言えば、裁判用のボーナスが欲しいくらいです。でも給料に反映されるわけでもない。

内海聡先生の考え方は、おおむねうなずけますが、児相に関しては的外れです。私たちは30万円もらうために働いているわけではありません。
ワクチンについては、悩ましいところです。私も昔は、打って当然のものであり、「打たないのは虐待」と思っている節はありました。しかし今は、私個人としては、ワクチンはあくまで任意であり、打たない権利が認められるべきだと思っています。
小児の定期健診で「母子手帳の予防接種欄がまっしろ。何も打ってない。これは親によるネグレクトであり、虐待だ!」などという小児科の先生がいて、SNSでは「打たなければ児相に連れていかれる」という言説がありますが、それはあり得ません。少なくとも現時点では。
「打つのが当然」という現場の空気は確かにあって、だから「なぜ打たないのか」となれば、未接種であることは児相から目をつけられるリスクではあります。でも、児相としては、そこだけを見ているわけではありません。それ以外のところも含めて、『ネグレクト』となれば、保護もあり得ますが、現状、「打たない」=「即、児相に連行」とはなりません。
しかし、これからどうなるかは分かりません。これはすでにオープンになっている情報ですが、こども家庭庁は今、ワクチン未接種を「医療ネグレクト」として、子供を保護できるよう動いています。
私個人としては、ある種の医療行為について、それを受けるかどうかは、保護者の価値観が認められるべきと考えていますが、組織は個人の考えでは動きません。そこが私にとっても、悩ましいところです」

僕は仕事柄、児相の人とやりとりすることは多い。上記のように、児相の職員さん自身が僕の患者ということもあるし、ある患者について、児相から書面や電話がくることもある。「○○さん、子供を虐待している可能性があるのですが、どうですか」みたいな。
SNS上に飛び交う極端な情報だけを見ている人は、児相のことを「人さらい集団」のように思っているようだけれど、僕は基本的に、児相は正義の組織だと思っている。もの言えぬ子供のために、「家庭」という、本来第三者が立ち入るべきではない場所にまで立ち入って、子供の安全を守る。社会に絶対必要な仕事です。本当はそういう仕事が必要ではない社会になればいいと思うけれども、残念ながら、世の中には悪魔のような親がいて、家庭という密室で日々地獄のような生活を余儀なくされている子供が実際にいる。
ただ、ちょっと「出しゃばり過ぎではないか」と思うことも、ないわけではない。

2026年1月30日、30代の女性が、6歳の長男、4歳の次男のことで相談に来られた。
「昨年末、保育園から電話があり「○○君(6歳長男)が虐待された疑いがあるので児童相談所に通報しました。虐待疑いなので、○○君(4歳次男)も含めて、これから児童相談所に一時保護されます」と言われて、驚きました」
12月26日の朝、お母さんは長男の左鎖骨あたりに小さな発赤があることに気付いた。「これ、どうしたの?」保育園でトラブルでもあったのか、あるいは、弟との兄弟ゲンカでできた傷かな、と思ったが、長男から明確な返答はなかった。その前日、長男と一緒に風呂に入ったお父さんもその発赤に気付いて、「これ、どうした?」長男は「知らないうちにできた」お父さんは、虫にでも刺されたのかなと、たいして気にも留めなかった。
保育園の園長がその発赤に気付いて、やはり「この赤いの、どうしたの?」と聞いたとき、長男は、ふと「ママに突き飛ばされた」と答えた。別に深い悪意があったわけではない。6歳くらいの子供にありがちな、ちょっとしたいたずら心であり、冗談のつもりだった。しかし園長はこの返答を重く見て、即座に児童相談所に通報した。すぐに児相の職員が駆け付け、長男の発赤を確認し、同系列の別の保育園に通う次男とともに、児相に一時保護することになった。
「ちょうど年末、12月26日の金曜日で、行政が仕事納めの日だというので、夫とすぐに児相に行きました。
夫と私、別々に事情を聞かれて、私は当然否定しました。「やっていません」と。でも職員さんは「いや、本人が突き飛ばされたって言ってるんだから。行政としては保護して、調査する必要がある。でもこれから年末年始だから、具体的にはまた正月明けにね」と言われて、結局一時保護が解除されて、子供たちがうちに戻ってきたのは、1月21日です。26日間も返してもらえなかった。
子供にとっては、恐怖体験そのものです。兄弟で、いきなりどこか、知らない施設に預けられて、家に帰ることを許されない。そういう不安から、長男は、今でも突然夜に泣き出したり、早朝5時に飛び起きて大人を探し回ったりします。次男は、排泄のコントロールができなくなりました。PTSDが原因で、幼児退行してしまったようです。
児相に子供を取り上げられて、私と夫は怒りました。だって、こんなの、拉致同然じゃないですか。
まず、保育園の園長に対して、言いました。「虐待なんかもちろんしません。しかし仮に虐待だったとして、流血しているとか緊急性があるならともかく、なぜまず、我々に連絡しないのですか。即刻児相に連絡というのはどういうことですか」と。すると園長は、「傷の大小は関係ない。本人がそういう主張をすれば、こちらには通報義務がある」いや、それはおかしいでしょう、と反論しましたが、「こちらの対応は法的にまったく問題ありません。今後も何かあれば、我々は同じ対応をします。我々は行政の側に立ち、通報します」とのことで、話し合いになりません。
児相とも話し合い、結局26日後、一時保護を解除してくれましたが、それも「しぶしぶ」という感じです。子供を返したものの、条件付きです。「子供たちをきちんと保育園に通園させること」という条件です。
しかし、こんな条件は飲めません。だって、子供のちょっとした発赤を見て、「即、児相に通報」するような保育園ですよ。信頼関係なんてあったもんじゃない。別の保育園には行かせますが、少なくとも、ここの保育園にはもう行かせない。
それと、現状、いったん子供を返してもらったものの、今うちは、児童福祉士の指導措置、という状態にあります。要するに、「児相からマークされている」という状態です。これを解除するには、児相職員が子供たちと実際に会って、問題がないことを目視で確認することが必要だと言われています。
でもこれも無理です。だって、子供たちからすれば、児相職員なんて、トラウマそのものですよ。自分たちを家から引き離した張本人なわけだから。会わせれば、トラウマの再燃にもなりかねない。
今日ここに来たのは、先生に書類を書いて欲しいからです。児相の措置決定について、第三者機関で見直してもらいたい。行政不服審査というのですが、先生の目から見て、子供たちの分離後の精神症状について、専門的見解をいただきたい、と思っています」


これは、まったく不幸な事例です。
まず、この家族は、幸せを絵に描いたような家庭で、虐待なんてありえない。あらぬ疑いをかけられて、お母さんもお父さんも大変腹立たしいだろうし、子供たちと引き離されてショックだっただろう。当然、子供にとっても強烈なストレスで、将来に影響するトラウマにもなりかねない経験だった。
同時に、児相にとっても、無駄な労力です。そもそも虐待家庭ではないのだから、子供を保護する理由はない。しかし虐待疑いの通報を受けたからには、組織として動かざるを得ない。子供からはトラウマ級に嫌われるし、全然楽しい仕事ではない。
つまり、関係者全員が不幸になっている。誰も得をしていない。

児相には強い権限が与えられている。その力は、もっと適切な場面で発揮されるべきです。家庭内の虐待で毎日地獄を見ている子供を救う。そういうためにこそ、児相の力が発揮されないといけない。こんな、虐待も何もない、幸せな家庭に出張っていって、子供を家から引っぺがすというのは、力の使い方を間違えています。

僕が医師意見書を書くことで、こういうデタラメな現状が多少なり解消されるのであれば、ぜひとも協力させてもらいます。

2026年6月12日
お母さん「先生に書いてもらった意見書を児相に提出し、後日、子供たちに気付かれないよう(公園での遠方から)、児相職員による目視確認が実施されました。
そして、このたび、児童福祉司指導措置の解除通告を受けとりました。
子供たちは現在も、小学校、保育園に毎日元気に通っており、おかげさまで家族4人で穏やかな日常を送ることができています。
先生のお力添えに改めて御礼申し上げます」

>中村篤史について

中村篤史について

たいていの病気は、「不足」か「過剰」によって起こります。 前者は栄養、運動、日光、愛情などの不足であり、後者は重金属、食品添加物、農薬、精製糖質、精白穀物などの過剰であることが多いです。 病気の症状に対して、薬を使えば一時的に改善するかもしれませんが、それは本当の意味での治癒ではありません。薬を飲み続けているうちにまた別の症状に悩まされることもあります。 頭痛に鎮痛薬、不眠に睡眠薬、統合失調症に抗精神病薬…どの薬もその場しのぎに過ぎません。 投薬一辺倒の医学に失望しているときに、栄養療法に出会いました。 根本的な治療を求める人の助けになれれば、と思います。 勤務医を経て2018年4月に神戸市中央区にて、内科・心療内科・精神科・オーソモレキュラー療法を行う「ナカムラクリニック」を開業。

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