たとえば、ムクドリの群飛。

数千羽がひとつの生物のように同期して、一斉に方向転換したりする。
あるいは、魚群の同期。

まるで計算したような、一糸乱れぬ動きを見て、僕らは圧倒されます。
あるいは、アリの巣。

セメントを流し込んで可視化された巨大なアリの巣。125平方m、地下8mにも達する。
設計通りに作った地下シェルターのようだ。なぜ、個別に好き放題動いているように見えるアリに、こんな巣が作れたのか。

アルミを流し込んだアリの巣は、オブジェとしても美しい。

一見デタラメに動いている働きアリだけど、頭脳は女王アリが担っている。
コロニーから女王アリを除去しても、働きアリは通常の営巣活動を行う。
しかし女王アリを殺すと、働きアリの活動の同期性が低下する。
なぜ、女王アリの生死の違いが、群れの行動全体に影響するのか。通常の生物学では説明がつかない。
あるいは、粘菌のネットワーク。

粘菌が張り巡らせる菌糸の模様が、鉄道網と極めてよく似ているという研究がイグ・ノーベル賞を受賞した。

粘菌は、デタラメに菌糸を伸ばしているわけではない。人間が鉄道を敷設する際、物流能率の最適化を考えるのと同じように、粘菌がネットワークを広げるときもエネルギー能率を考えているかのようだ。
菌類から人間を含めた高等生物まで、すべてが共通して持っているのはDNAです。ガリアエフは「DNAはワームホールを生成し、ここを通って時空を超えた情報伝達が行われる」と説き、これをハイパーコミュニケーションと呼びました。

一般的な生物学では、「DNAのなかで、意味があるのは10%(エクソン)だけで、他の90%(イントロン)は無意味なジャンクDNAである」と考えられている。
ガリアエフはそのような見解をとらず、「DNAはソリトン・ホログラフィック・コンピュータ」だと考えました。

たとえば、オオサンショウウオの卵にレーザーを照射する。そのレーザー光(オオサンショウウオの周波数パターンを含む光)を、カエルの卵に照射することで、オオサンショウウオを作ることに成功した。

実は同様の実験は、すでに1961年ジャン・カンツェンにより行われていて、彼は鶏卵にアヒルの「電磁振動」を与えることで、アヒルっぽい鶏(水かきがあるなど)を作りました。

逆に、アヒルでありながら鶏のような足の個体を作ったり、メロンの味と香りがするキュウリを作ったり、ヤギの角が生えたウサギを作ったり。
要するに、DNAが単なる化学物質ではなく、「電磁気的ホログラムとして遺伝情報を持つ」ことは、けっこう前から分かっていたということです。
DNAが単なる物質ではないことを、ガリアエフは以下のような実験で示しました。

ごく簡単な実験で、誰でも追試できます。
DNAサンプルを試験セルにいれ、その後、除去する。除去した後でも、光子が検出される。最大40日間も光子が検出され続けたのだから、誤差なんてレベルの話じゃない。ガリアエフは確信しました。「DNAには、明らかに非物質的な、非物理的な作用がある」と。

「DNAは真空中に乱れたパターンを引き起こし、ワームホールを生成する。これは宇宙内の異なる領域を結ぶトンネル状の通路であり、ここを通って空間、時間を超えて情報が伝達される。DNAはこれらの情報断片を引き寄せ、生物の意識へ伝達する。
人間の場合、このハイパーコミュニケーションはリラックス状態で最も効果を発揮する。ある種の人間が自分の知識の枠を超えた情報に突然アクセスするが、これは直感やインスピレーションとして体験される」

「雨乞いの儀式」などというと、いかにも野蛮な未開人をイメージするかもしれない。しかし、雨乞いは本当に効きます。
気功の達人にとって「雲を消す」なんて、朝飯前にできることだ。
天気は地球の周波数(シューマン共振)の影響下にある。人間が強く念じる(特に多くの人が一斉に念じる)と、対象物の周波数が影響を受ける。天気は当然、変化する。
ワールドカップなど世界的なイベントの現場は、世界中の「気」がそこに集中している。そこで乱数生成器を使うと、「数字が全然ランダムにならない」という研究報告は数えきれないほどある。
祈りや願いの力で病気が治ることは当然だし、このことにもっと多くの人が気付き、意識的になれば、社会全体の不幸を軽減することもできるだろう。
ガリアエフの「DNAは電磁的ホログラムである」という説は、当然というべきか、一般の科学界からは受け入れられなかった。しかし、この説に強力な援軍を送ったのは、誰あろう、ノーベル賞受賞者のリュック・モンタニエである。
ノーベル賞受賞者が「DNAは電磁波シグナルを発している」と主張するばかりか、「DNAは電磁波を介して遠隔伝達できる(DNAテレポーテーション)」と主張するものだから、モンタニエ博士は世界中の科学者から袋叩きにあった。
晩年の「コロナワクチンは危険だ」という反ワク的主張と相まって、モンタニエ博士の最後は幸せなものではなかった。ちょうど、ノーベル賞を2回受賞しながらも晩年「ビタミンCで癌が治る」と主張したために評価を下げたライナス・ポーリング博士と同じように。

細菌のDNAあるいはウイルスのDNAを極めて薄く(10の-10乗とか)希釈すると、この溶液から100~3000Hzの電磁波シグナルを検出した。

この電磁波シグナルをデジタルデータ化(wavファイル)して、それを外国(イタリア)に電子メールで送信する。イタリアの研究室で、その電子データを水に48時間照射し、そこに塩基、プライマー、酵素を入れ、PCRで増幅する。すると、元のDNAが再現された。

この実験から、モンタニエ博士は、「DNAは電磁波の受信機であり、かつ、送信機である」と結論した。
これは、とてつもない実験です。この実験の意味するところは、、、
いいですか、まず、これは全然難しい実験ではありません。
「DNAが電磁波を発散→それをマイク、センサーで拾い、デジタルデータに変換→それを外国に送信→DNAを再現」
追試も簡単にできるはずです。しかし、科学界はこれを認めない。なぜか。
モロに軍事に転用可能だからです。
致死的な病原性を持つウイルスを開発したとする。それを直接海外に持っていくのは、いろんなリスクがあります。しかしそのウイルスのDNA配列を世界各国の研究所にメール送信し、現場で再現できるとなれば、どうですか。各国の研究所では、水、塩基、プライマー、酵素があれば、簡単に再現できる。世界的なパンデミックを起こすことも簡単でしょう。軍の関係者としては、こういう技術の存在は、是が非でも隠しておきたいはずです。
だから、「DNA水溶液が電磁波を発散している」というモンタニエ博士の主張に対して、絶対あり得ないと反論する。

しかし、「水のまとまり」が記憶装置として作用し、それが情報を保持することは、量子電磁力学的には、当たり前に説明がつくことなんです。
さて、以前の記事で、「テレゴニー」について、また、「獲得形質の遺伝」について、書いたことがあります。
https://note.com/nakamuraclinic/n/n9784337ecfd6
https://note.com/nakamuraclinic/n/n11852498c6fb
テレゴニー、獲得形質の遺伝、いずれの現象も、DNAファントム効果を考えれば、クリアに説明がつきます。
テレゴニーというのは、あるメスとオスAが交尾し、その後、そのメスと別のオスBが交尾し生まれた子に、前のオスAの特徴が遺伝する現象のことです。

犬のブリーダー界隈では、純血統の犬を作るには、そこらへんの野犬と1回でも交尾したメス犬はもうダメ、使えない」というのが経験則としてある。

ハエを使った実験で、テレゴニー現象が初めて実証された。

単純な実験で、メスが大きなオスAと交尾する。しかしそのときは卵子未成熟のため受精に至らない。しかし卵子が成熟した後、別のオスBと交尾すると、その間に生まれた子には、オスAの形質が遺伝していた。

これは、人間で言えば、、
身長160㎝の夫婦がいるとして、子供が成長期になり190㎝になった。夫が妻に聞く。「お前さ、俺と付き合う前、どんな人と付き合っていたの?」
「えっとね、すごく背の高い人。バスケしてる190㎝の人」
なんて答えが返って来ようものなら、旦那さんは気が気でないという(笑)

ダーウィンはテレゴニーは当然あると思っていた。
アラビア栗毛のきれいなメス馬に対して、クアッガという品種を掛け合わせると、子供はクアッガの特徴である縞模様を受け継いだ。
さて、このメス馬に、同じアラビア栗毛のオス馬を掛け合わせると、生まれた子供には、本来ないはずのクアッガのような縞模様が現れた。
これについてのダーウィンの見解は以下のようです。

「オスから発散された何らかの微粒子(ジェムール)が体内循環し、それが卵子に到達し、次世代に受け継がれる」とダーウィンは考えました。
一方、ガリアエフの認識は、

DNAファントム効果です。DNAを試験セルのなかに一時的に置き、それを除去しても、40日間もその影響が残存している。それぐらい「しつこい」のだから、女性の体内に注がれたDNAは、もっと長い間、「ファントム」として残存するのではないか、というのがガリアエフの見解です。
父親の食の乱れが、娘に影響するというネズミの実験がある。

食の不摂生(高脂肪食)でデップリ太った父から、インスリン分泌不全、耐糖能異常の娘が生まれた。
あるいは、恐怖も遺伝する。

ミントのにおいと電気ショックをワンセットに条件づけた母親から生まれた子供は、ミントのにおいをかぐだけで恐怖反応が誘発された。
あるいは、運動しまくったアスリートネズミからは、アスリートの子供が生まれた。

経験的には当たり前に知られていたことで、ソ連ではオリンピック選手とか身体機能の高い男女を夫婦にするような試みが実際に行われていた。
プロアスリート界隈を見れば、この手の実例は数えきれないだろう。

行動遺伝学における遺伝率を調べると、音楽は遺伝の影響が92%と極めて大きい。

バッハ一族は、200年にわたって高名な音楽家を60人も輩出した。
千島学説は、「獲得形質の遺伝」を肯定している。

さて、今日の講演で話したようなことについて、みなさんはどう思われるでしょうか。
ケイシーのアカシックレコード、ユングの集合的無意識、シェルドレイクの形態場、ガリアエフのハイパーコミュニケーション。
共通するのは、「みんな、もっと大きなところでつながっている」ということです。
多分、大昔、たとえば縄文時代とか、この感覚が相当身近にあったと思います。もちろん、縄文時代の人だって、思考、記憶、感情、知覚は個人で閉じていた。自分が考えていることは自分のなかで留まっているし、ケガしたら痛いのは自分だけ。それはそうだけど、なんというか、「我」と「他者」の二分法のしきいが、もっと低かったというのはあると思う。
科学という分析的な手法が生まれて、個人、個人の分断がますます進んだ。しかし皮肉にもというか、シェルドレイクやガリアエフのような異端の新説は、分断よりは統合を説く。世界は相互につながっているし、相互に依存しているし、相互に作用しあっている。でもこれは、プライバシーがなくなる、という意味ではありません。思っていることが他人に筒抜けになるような完全統一の世界は、訪れることはないでしょう(笑)ただし、完全な分離や完全な孤立もない。
「死はリセットである。どんなに多くの経験や感情を積み、人生を生きてきても、死ねば全部ご破算、おしまい」というのが従来の価値観。
でも、そうじゃない。人生で積み上げてきたことは、必ず残る。獲得形質の遺伝として残るという、そういう意味だけではなくて、世界は相互作用の蓄積だから、水面に投げた石の波紋のように、周囲に影響を与えずにはいられない。
僕はこれを、希望だと感じました。「死んだら終わり」ではないこと。
みなさんはどうでしょうか。
