シェルドレイクの形態共鳴

100年ほど前に行われたこんな実験がある。

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水槽に入れたネズミが正しい脱出方法を学習するまでに何回失敗するか、調べた実験です。ネズミは何度も失敗するうちに、やがて正しい脱出経路を学びます。
普通、こういう「学習」は1世代で閉じたものだと思われます。つまり、あるネズミがこの水槽の脱出方法を熟知し、迷うことなく暗い出口に向かうようになったとしても、その学習が次世代に受け継がれるなんて、あり得ないと思われるでしょう。
ところが、上記のマクドゥガルの実験によれば、ネズミは、世代を経るたびに、失敗回数(電気ショックを受ける回数)が明確に減っていく。

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横軸は世代、縦軸は平均失敗回数

「失敗回数の少ない頭のいい個体を恣意的に選んだのではないか」という批判を封じるために、次世代の繁殖のパートナーは、学習速度の測定の前に無作為に選んでいます。
さらに、別の実験として、学習速度の速い個体だけで繁殖させた実験系と、学習速度の遅い個体だけで繁殖させた実験系、両方で同じ実験をして、マクドゥガルは同じ結果を得ています。つまり、いずれの場合でも、世代を経るごとに学習速度は著明に向上しました。

これは不思議です。メンデル遺伝では説明がつかない。「この水槽をうまく脱出する方法」に関わる遺伝子が、世代を経るごとに洗練されていった、というのは、ちょっとあり得ない。

もっと奇妙なことがあります。
科学の世界というのは、「再現されてナンボ」ですから、マクドゥガルの論文を見て「ほんまかいな」と疑う科学者が、自分で同じ実験をやってみたわけです。
エディンバラ大学のクルー、メルボルン大学のアガーが同様の実験をした。特にアガーは、20年間、50世代にわたる学習速度を測定するという、念の入れようです。
その結果、マクドゥガルと同様の結果になった。というか、それ以上の結果が出た。訓練群のネズミは、世代を経るほどに速く学習する傾向が見られ、その学習速度の向上は10倍以上だった。しかも、同じ傾向が非訓練群でも見られた
実はマクドゥガル自身も同様の傾向を確認していた。「1927年から1932年にかけて、対照群(非訓練群)の平均誤答数が減少していたのは、気にかかる事実だが、その理由について私には推測のしようがない」と論文にある。

迷路を脱出する訓練をしていたネズミが、世代を経るにつれ、成績がよくなるのはまだ分かる。「メンデル遺伝で説明のつかない何らかのファクターが受け継がれていたのかな」と。しかし、そんな訓練をまったく受けてないネズミで成績がよくなる傾向があるというのは、いったいどういうことなのか。
実験を行ったマクドゥガルにもアガーにも、その理由は謎のままで、仮説さえ立てられることもないまま、この実験結果は科学史の闇に埋もれていった。

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アオガラという鳥がいる。
1921年英国サウサンプトンで、アオガラが玄関先に配達された牛乳瓶のふたをついばんで破り、瓶の上のほうのクリームを失敬する行動が初めて確認された。この現象は、英国の別の地域、サウサンプトンから100km離れた地域、200km離れた地域でも確認され、1947年までには英国全土で普遍的に見られる現象になった。
1930年代、スカンジナビアやオランダなど、牛乳瓶が玄関先まで配達されるヨーロッパの他の地域でも、アオガラに同様の習慣が見られるようになった。
「鳥は頭がいいから他の個体がマネしたんだろ」と思われるかもしれない。そう、ある現象が模倣によって一部地域で広まることはある。しかし、アオガラは非常に縄張り意識が強いため、移動するとしてもせいぜい5km程度なので、移動によってこの現象が短期間で英国全土に広まったとは考えられない。そこで調査を行った研究者たちは、この習性は、少なくとも50個の地域で独立に「発明」されたに違いないという結論に至った。

1940年オランダはドイツ軍により占領された。「各ご家庭への牛乳の配達」なんてことも、平和だからこその日常であって、当然中止となった。オランダで牛乳の配達が再開されたのは1948年である。アオガラの寿命はせいぜい2,3年だから、1940年に生きていたアオガラが1948年まで生存していた可能性はない。それにもかかわらず、1948年に牛乳配達が再開されると、オランダではアオガラによる牛乳瓶の開栓が広がり、2年以内にオランダ全土で確認された。この行動は、初回よりもはるかに急速に広がり、独立して現れる頻度もはるかに高かった

ネズミの学習速度が向上したり、アオガラの特殊な行動が急速に広まったりする現象について、ルパート・シェルドレイクは、形態共鳴の概念を提出することで、統一的に説明しました。

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シェルドレイクによると、そもそも記憶は脳にありません。ちょうど、PCのデータがクラウド上に保存されるようなもので、記憶は形態場(morphic fields)という、目には見えない情報空間に保存されています。脳は単に、その情報にアクセスするための受信機に過ぎません。

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形態場の概念は、ユングの集合的無意識の概念と似ています。それぞれの人に「意識」があって、その個々人のなかに、その人の人生で経験し、忘れたり抑圧したりしている個人的無意識があります。さらに、個人の経験とは無関係に、人類という種が進化の過程で受け継いできた心の構造があって、これを集合的無意識といいます。文化的に交流のないはずの地域に住む人々のあいだに、同じような神話や民間伝承があるのは、集合的無意識によるものだとユングは説きました。
一般的な生物学は、情報は「脳の中」や「特定の細胞の中」に保存されていると考えますが、シェルドレイクは、個々人の記憶を含めた情報は時空を超越した場所で共有されていると考えました。
ユング、シェルドレイクの両者とも、「個人は独立した存在ではなく、大きな見えないネットワークの一部である」という世界観です。

ネズミは、世代を経るごとに水槽からの脱出がうまくなりました。それは、水槽脱出訓練をしていない個体でさえ、そうでした。これは形態共鳴によるものです。水槽からの脱出法をマスターする個体が増えるにつれ、形態場と共鳴しやすくなったからです。
アオガラが牛乳を失敬するようになったのも同様です。一番最初に牛乳瓶にチャレンジし、見事成功した個体は、大変な勇気が要ったでしょうが、それを見ていた周囲の個体が同じようにチャレンジし、成功体験を積むことで、お空のうえ(形態場)にテンプレートができ、他の地域の個体もそれに共鳴しやすくなった。

犬と人間は太古の昔から共存していたといいますが、犬史上、最初に人間に「お手」をした犬は、相当難しかったはずです。しかし、その困難さに比べると、現代の犬は、かなり簡単に「お手」をマスターするはずです。犬という種の形態場に、「お手」のテンプレートがあるからです。

江戸時代の和算家の関孝和(1642~1708)は、独自で微分積分の概念を作り上げ、行列式やベルヌーイ数を西洋よりも早く発見していました。関孝和の『発微算法』が1674年、ニュートンの『プリンキピア』が1687年の出版なので、関孝和のほうが早くに微積分の概念を世に出していました。関とニュートン、当然、交流はありません。しかし、ほぼ同時期に画期的な数学的概念をひらめいた。アオガラの事例と同様、天才が思考するなかで、形態場で共鳴したのかもしれません。
数学であれ芸術であれ何であれ、「こんなことを思いつく人、他に誰もいないだろう」といようなすごく画期的なアイデアが、なぜか不思議と、世界で同時多発的に生まれたりすることがあるものですが、形態共鳴の理論なら、この現象を説明できそうです。

記憶は形態場に保存されている、などというと、反論として「脳損傷で記憶喪失が起こるのは、脳が記憶を担っている証拠じゃないか」と言われるかもしれない。
「脳は記憶の保存場所である」→「脳細胞がダメになる」→「記憶がダメになる」
という理屈は一見正しそうですが、論理学の教えるところでは、「偽で出発した命題は、帰結の真偽にかかわらず、偽」です。
たとえば、テレビが壊れた。オーディオ部分が壊れて音が出なくなったり、特定の部分が壊れてあるチャンネルだけが映らなくなったとしても、音や映像がテレビの内部に保存されているわけではない。テレビは、あくまで、どこかのテレビ塔が発散する電波を受信するだけの機械に過ぎない。
実際、たとえば脳震盪後の記憶喪失は一時的で、回復することが多い。むしろ従来の理論のほうこそ、この記憶の回復を説明するのが難しい。脳組織が破壊されたことで記憶が失われたのなら、それは二度と戻ってこないはずなのに、実際には戻ってくるのだから。
カール・ラシュリーという研究者がこんな実験をしている。ネズミに芸を覚えさせて、その後、脳の一部を切除する。それでも芸を続けられるかを調べた。すると、脳の50%以上(どの50%であっても)を切除しても、学習の保持には何の影響もなかった。脳をすべて切除すると、さすがに芸をできなくなったので、課題の遂行に何らかの形で脳が必要なのは間違いないけれど、記憶に影響を与えずにこれだけの脳を切除できたことは驚きです。

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日本の事例として、幸島の「サルのイモ洗い」が挙げられます。1953年イモを海水で洗って食べるサルの様子が発見され、研究者の興味をひいた。この個体にだけ見られたのなら、話はそれで終わりだが、この「イモ洗い」を周囲のサルも真似るようになり、さらに次世代にも受け継がれた。これは動物が「文化」を持ち、学習によってそれを次世代に継承していく事例として、重要な発見だった。しかし、しばらくして、幸島から遠く離れた大分県のサルにも同様の行動が見られたことに、研究者は衝撃を受けることになった。

「イモ洗い」を学習した個体が、宮崎県の島から海を渡って、高崎山に行ったとは考えられない。形態共鳴で説明するのが、一番クリアだと思うけどね。

僕は昔、人生の一時期、哲学をやっていました。シェルドレイクの形態共鳴の概念は、プラトンのイデア論と通じるものがあって、僕にはとてもしっくり来ます。
プラトンは、この世のあらゆるものは、天上界(イデア界)に完璧な「真の姿」としてのイデアがあると説きました。逆に、地上にあるすべては、イデアの反映です。
プラトンのイデア、ユングの集合的無意識、シェルドレイクの形態場、どれも、目に見える物質(肉体含め)だけでは説明できない現象に対して、その答えを、物質を超えた領域に求めています。

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シェルドレイクは、犬と飼い主のテレパシーについての実験をしている。「犬は飼い主が帰宅するのが分かる」というんですね。もちろん、車の音で分かる、とかそんな話ではないですよ。
ある女性(パム・スマートさん)と、その愛犬ジェイティー(テリアの雑種)の事例。
パムさんが外出中、帰宅しようと決めた瞬間に、ジェイティーがまだ数キロ先にいるはずの彼女を待ちに「窓辺へ行く」という行動が家族の間で話題になっていました。これを聞いたシェルドレイク博士、この現象が「車の音」や「決まった時間」などの五感による推測ではないことを証明するため、以下の条件で実験を行いました。
帰宅時間をランダムにする: パムさんの帰宅時間をポケベルを使ってランダムに指示し、本人もいつ帰るか分からない状態にした。
遠距離かつ交通手段の変更: パムさんは家から8km以上離れた場所に移動し、自分の車ではなく「タクシー」など聞き慣れない音の車で帰宅させた。ビデオ監視: 家に残されたジェイティーの動きをカメラで24時間記録し、誰の主観も入らないようにした。
実験の結果は驚くべきものだった。
決意への反応:パムさんが「よし、帰ろう」と決意し、タクシーを呼んだり移動を開始した瞬間、ジェイティーが窓辺に移動して待ち始める確率が非常に高かった。
統計的有意性: 100回以上の実験において、ジェイティーが窓辺にいた時間は、パムさんが帰路についている時間帯が、そうでない時間帯に比べて圧倒的に長いことが示された。

テレパシーというと、条件反射的に「胡散臭い」とか「エセ科学」とか言われるけど、その存在を統計的に証明したような研究です。

個人の思考や記憶さえも、心の深いところで(あるいはお空の高いところで)、もっと大きなものとつながっている。つまり、「個人は個人で閉じていない」ということになるが、皆さんはこのような思想をどう感じるだろうか。
これが本当なら、秘密ごとは無理ですね(笑)

【参考】
“Rat Learning and Morphic Resonance” (Rupert Sheldrake)

【告知】

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5月24日、大阪でゲルマニウムセミナーをやります。
誰でも参加できますし、オンライン視聴もできますので、興味のある方はぜひご参加ください。
◉会場参加
https://organogermanium0524.peatix.com
◉オンライン参加
https://organogermaniumonline0524.peatix.com

>中村篤史について

中村篤史について

たいていの病気は、「不足」か「過剰」によって起こります。 前者は栄養、運動、日光、愛情などの不足であり、後者は重金属、食品添加物、農薬、精製糖質、精白穀物などの過剰であることが多いです。 病気の症状に対して、薬を使えば一時的に改善するかもしれませんが、それは本当の意味での治癒ではありません。薬を飲み続けているうちにまた別の症状に悩まされることもあります。 頭痛に鎮痛薬、不眠に睡眠薬、統合失調症に抗精神病薬…どの薬もその場しのぎに過ぎません。 投薬一辺倒の医学に失望しているときに、栄養療法に出会いました。 根本的な治療を求める人の助けになれれば、と思います。 勤務医を経て2018年4月に神戸市中央区にて、内科・心療内科・精神科・オーソモレキュラー療法を行う「ナカムラクリニック」を開業。

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