姫路でしゃべってきました。
最近は講演会を主催するにしても、テーマはコロナ以外のことばかりだったけど、今回は久しぶりに、コロナワクチンを真正面から取り上げました。

コロナワクチンについて話すとなれば、荒川論文について触れないわけにはいかない。

接種から1年以内に389万人が死んだ。
荒川先生の個人的な意見というよりは、統計データを素直に読み解くと、このような数字が出てきた。
そう、それは数字です。しかし、単なる数字だと思わないでください。
そこには389万の顔があり、人生があった。生きる目的があり、生活があった。しかし389万の人々が人生の強制終了を余儀なくされた。絶望的なほどの大量の不幸を引き起こしたワクチンなんだということを、改めて思い出してください。
もちろん、これらすべてが「ワクチンを原因とする死亡」とは言っていない。日本は高齢化社会ということもあって、毎年100万人以上の死亡がある。コロナワクチン接種後の「ターボ老化」という言葉がありますが、ワクチンが引き起こしたことは、即死レベルの死亡というよりは、急速な老化です。ワクチンを打たなければ平穏な余生を、たとえば、あと10年は生きられたであろう高齢者が、ワクチンを打ったために本来の寿命よりも早い年齢で死亡することになった、ということです。

ロット差があることはすでに2023年の論文で指摘されていましたが、今回の荒川先生の研究でも改めて示されました。

今、ひとつ注目したいのは、CJD(クロイツフェルト・ヤコブ病)の発生が特定ロットの接種者に集中している可能性です。
CJDは、発生率の極めてレアな神経疾患(100万人に1人)で、普通に臨床現場で医者をやっていても、まずお目にかかることはない。仮に臨床で出くわしたとしても、レアすぎて、鑑別疾患として浮かばない。そんな希少疾患を、僕はワクチン接種の開始以後、4例診察しました。確率的に見れば、あり得ない事態です。

藤江さんの動画。
ヤコブ病の患者の会があって、そこで患者10人にロット番号を質問すると、GJ2675を接種したのが3人、FP9647を接種したのが3人だった。
なぜロットにより死亡率に差が生じるのか、その理由にもつながるかもしれませんが、ある種の神経毒性を含む成分が他のロットよりも多く含まれていたということかもしれない。
岸田元首相、『しゃべくり007』に出演。

「増税メガネ」と言われたことを自虐的にいじって、視聴者のウケは上々。本人もご満悦のテレビ出演だったとか。僕は家にテレビがないので見てないから、どうでもいいような話だけど、、
テレビでお人柄を見せて好感度を取りに来る前に、まずやるべきことがあるんじゃないですか。


ワクチン接種の推進役として、自ら宣伝を買って出た。どれほど恐ろしい毒物を自分が宣伝していたのか、そういう認識がちょっとでもあれば、バラエティ番組に出演するなんて、恥ずかしくてできないはずです。
ひょっとしたら、本当に無知なのかもしれない。すでに予防接種健康被害救済制度で1000件を超える死亡認定が出ていることを、本当に知らないのかもしれない。だとしたら政治家として無能です。
そういう事実を知っていながら、能天気にテレビでオチャラケができるとしたら、人として終わっています。
あのワクチンがどういうものであったか。みんな本当は、気付いているんじゃないかな。「みんな」というのは、ワクチンを積極的に推進した人も含めて。医者、政府関係者、マスコミなど、当初は本当に、コロナワクチンをすばらしいものだと信じていた。当然自分自身接種したし、周囲にも打つように勧めた。でも、あるとき「あれ?ひょっとして、反ワクの言うように、確かにこれ、やばいんじゃないか」と内心気付いた人が、潜在的にけっこういるんじゃないかな。

アメリカのニュースだけど、ファイザー社がコロナワクチンの治験参加者を募っても参加者が集まらない。だから、治験しようにもできない。
こんな報道に、人々のコロナワクチンに対する意識の変化が、透けて見えるように思います。
内心こっそり、認識を変える。それはそれで、全然かまわないと思う。「言葉が命」の政治家では、ちょっと問題かもしれないけど、一般の人がそういうふうに認識を変えるのは何も問題ない。
問題なのは、認識が変わらないこと、あるいは、「認識を変えない」と決意しているような人です。

日本政府は「魅力ある治験市場に」と外資の製薬会社に治験の門戸を開いている。アメリカで治験ができないとなれば、「じゃ日本人(というサル)で」となりかねない。
意識が変わらなければ、大げさではなく、国が亡びます。

「認識を変える」というのは、実際のところ、簡単なことではありません。
これは、心理学的には「認知的不協和(cognitive dissonance)をどう解消するのか」ということになります。

認知的不協和というのは、平たく言うと、イソップ童話の『酸っぱいブドウ』のことです。
キツネが、高いところに実るブドウを食べたがっている。しかし、どう頑張っても手が届かない。そこでキツネは言う。「あんなブドウは酸っぱくてマズイに決まっている」
まず、認知1「あのブドウが食べたい」というのがあって、認知2「どう頑張っても食べられない」が生じると、この認知の矛盾が不愉快で仕方ない。
そこで、その不愉快の解消を試みる。方法は2通り。認知1か認知2、どちらかにアプローチすることです。
キツネは、認知2に別の認知3「あんなブドウはマズイに決まっている」を加えることで、不協和を軽減しました。
ワクチンを信じていた人の認知1は「ワクチンはいいもの」です。しかし、「5回打った後、どうにも体調がおかしい」と自分の体感であったり、「身内で接種後すぐに亡くなった人がいる」など、どうも「あのワクチンはよくないらしい」という認知2が芽生えたとする。素直な変化は、認知1の変更です。「もうこれ以上打つのはやめておこう」という認知3を得ます。
しかし、世の中には、なんとしても認知1を死守しようとする人がいます。「ワクチンはいいものだ」という当初の認知を絶対に変えない。こういう人は、ワクチンを肯定するロジックにしがみつきます。たとえば、「コロナワクチンを打つと癌死亡リスクが半減する」という研究があります。

「免疫療法を受けている癌患者」という前提だけど、接種群で生存率が高かった。
ホリエモンがあちこちのYouTubeの番組でこの研究のことを言ってるのを見て、「ああ、ずいぶん追い込まれてるんだな」と思いました。こういう人の姿は、強力な論敵というよりは、何か哀れな印象を受けます。
僕は最近、「ワク信」とか「反ワク」とか、そんな小競り合いをどう乗り越えるかということを考えています。
あのワクチンを国民の8割が打った。間違いなく国難です。
「ワク信」と「反ワク」の両陣営に分かれてののしり合うなんて、そんなレベルの低いことをしている場合じゃない。
その解消に向けて、ヒントになる記事を読みました。
https://propagandainfocus.com/constructive-fraud-and-racketeering-a-framework-for-exposing-the-demolition-of-informed-consent/

アル・カポネというヤクザの大物がいました。何人もの人を殺し、密造酒で莫大な利益をあげている。警察が逮捕するとすれば、殺人罪あるいは酒税法違反というのが本筋でしょう。しかし彼はその点で全然足を見せなかった。そこで、警察は「帳簿のちょろまかし」をとっかかりにして、逮捕立件までこぎつけた。この事例には、学ぶべき教訓がある。
ワクチンで無数の健康被害が起きている。製薬会社を訴えるとして、本筋は「このワクチンを打ったせいでこんな健康被害を受けた」という因果関係の証明がポイントになるだろう。しかしそこで戦っては、負けること必定です。製薬会社が準備した「科学」という土俵に上がっては、彼らの思うツボです。
もっと別の戦い方があります。

たとえば、「コロナワクチン 添付文書」で検索すると、ワクチンの成分を確認することができる。
一方、あのワクチンには、添付文書に記載のない成分が入っていたことが明らかになっている。
たとえば、DNAが入っていた。

民間の研究者が言っているだけではない。カナダ保健省(日本で言う厚労省)もこれを認めている。

なによりも、ファイザー社の主席研究員がドイツの議会でDNA汚染を認めている。

それだけではない。55種類の金属が入っていたという研究もある。

ランタノイドが11種類も検出されたというのは、ショッキングです。
「うっかり混入」はあり得ない。個人的には、「ある目的」で意図的に入れたと思っています。

さらにいうと、臨床治験で使ったワクチンと実際の大規模接種で使ったワクチンは、別ものだったということも分かっている。


「牛肉を買ったのに、9割豚肉だった」となれば、みなさん、店に苦情を言うでしょう。「詐欺だ」と。
同じことをされたんですよ。添付文書に記載のない成分が入っていた。「臨床治験ですごく有効だった」というから打ったのに、別ものを打たれた。
政府が税金で購入した製品が、契約書で合意した仕様と異なっていた。これは、消費者契約法上の詐欺に該当します。
ここでは、「あいつは反ワクだ」とか「ワク信だ」とか、関係ありません。
我々国民全員が、欠陥商品を押し付けられた被害者なんです。
もうひとつ、こんな主張があります。

コロナワクチンは軍事作戦だった。これを言っているのはケネディだけではない。最近公開されたエプシュタインファイルにも、これを裏付ける証拠がある。

ワクチンの製造、調達、宣伝、実施。これが軍事作戦だったなら、市民(非戦闘員)に無断で遺伝子製剤が投与されたということになる。これは、公衆衛生という仮面をかぶった前代未聞の詐欺です。
ファイザー社と各国政府の間には契約があって、仮にそこに「第三者の権利を認めない」とあっても、人体の不可侵性はニュルンベルク綱領で確立された絶対的人権です。「コロナで緊急性があったから」ということで、同意なき人体実験が合法化されることは、絶対にあり得ない。あってはならない。
つまり、主張はこうです。

戦う場所を「科学」から「契約」に移しなさい。
我々国民は、説明とは異なる欠陥商品をつかまされたんです。そんな製品を納入した企業に対しては、訴訟し損害賠償を請求できます。しかもその購入は税金によるものです。国民は「納税者」として、自らの身体と権利を、組織的な詐欺から取り戻さないといけません。
実際すでに、あちこちで裁判の動きがある。
オランダでは、ビル・ゲイツに出頭を要請する裁判が行われる。

コロナの計画的パンデミックにビル・ゲイツが関与していたことは、エプシュタインファイルから明らかになっていて、この裁判でこれが証拠に追加される。

コロナ茶番を仕掛けられたのは、日本だけではない。
世界中が騒動に巻き込まれ、ワクチンを打たれ、大変な被害にあった。
日本人だけではなく、人類にとっての大問題。それぐらいスケールの大きな話なんです。
「あいつはいまだにワクチンを推進してる」だとか「反ワク」だとか、小競り合いをしている場合じゃありません。団結しないと、巨大な悪に立ち向かえないよ。
「巨大な悪」なんて、マンガみたいなセリフだけどさ、いや、本当に、そういうとんでもない人が実際にいるんだよ。