認知症へのアプローチ

80代の女性が、50代の娘さんに付き添われて当院を受診した。
2026年1月31日初診
娘さんが語る。
「物忘れがひどくて困っています。父がパーキンソン病を長く患っていて、去年の夏に亡くなって、その介護からは解放されたのですが、それからますます記憶力の低下が進みました。
父は頭はしっかりしていて、でも体が大変で、母は記憶力が危うくて、そういう両親がお互い心理的に支え合いながら、何とか1日1日を乗り越えていく、みたいな老老介護でした。
父が亡くなったあと、母は、記憶力の悪化もそうですが、体も一気にガタが来ました。腰が痛くて、ちょっと歩くと壁に手をついたり、歩くのも一苦労。骨粗鬆症もあるし、変形性関節症とも言われてる。手足のむくみ、尿失禁まで出るようになって、尿漏れのシートをつけています。
会話はできます。性格は前と変わらない感じで、コミュニケーションは大丈夫。でもさっきしゃべったことも、すぐ忘れます。
ちなみにワクチンは3回接種しています」

記憶力低下に対して、どうアプローチするか。

画像

まず、良質の油をとりましょう。油は何を使っていますか?オリーブ油?こめ油?悪くないですが、ココナッツオイルを使おう。不飽和脂肪酸よりは、飽和脂肪酸がいい。料理にはもちろん、何なら朝夕大匙1杯ずつ、ココナッツオイルをなめてもいいよ。冬は寒くてカチコチに固まってて使いにくいけれどね。
あと、リチウムもいいよ。リチウムといっても、電池じゃないよ(笑)

画像

オロチン酸リチウムというサプリがあってね、神経細胞の再生を促したり、アルツハイマー改善のお助けになるからね。
「米ぬか由来成分に記憶力改善効果」という研究があって、いろんな商品があるけど、米ぬかをスプーン1杯食べる。それだけでも助けになるだろうけど、「毎日米ぬか」が手間なら、フェルガードが便利だろうね。

画像

あと、ワクチンが原因で体内で妙なタンパクが作られて、それが脳に蓄積して記憶力低下、という可能性がある。そうだとすれば、ワクチンのデトックスが大事です。漢方(除去散)、ゲルマ、DMSOはこの目的にかなってるし、ゲルマとDMSOは腰痛や関節症にも効くから、そういう意味でも使ってみよう。
その他、むくみにチャーガ、記憶力にケイ素、亜鉛、フルボ酸などを適宜追加しながら、経過観察した結果、直近の受診でどうなったか。

2026年5月30日再診
「体の動きが以前と別人のようです。朝起きてから身支度をして、というのがスムーズです。前は、まず、なかなか布団から起きない。起きても、体が動かない。それがすっかり変わりました。
むくみが軽減して、手の甲がすっきりしています。右手の中指が曲がらなかったのが、今は普通に動くし血色もいい。手は、私よりきれいなくらいです。
会話が通りやすいし、不安感とか感情の波が落ち着きました。何より、以前と表情が全然ちがって、明るいです。私が特に言わなくても、自分から洗濯物をたたんだり、料理をしたり、髪も自分で洗います。
ただ、物事を長く覚えていられないのは相変わらずです。たとえば、ここに来たことは1日も経てば忘れます。「中村先生と話したでしょ」というと、「ああ、あの先生」という感じで思い出すから、印象には残ってるみたいだけど、これからの予定、今日どこに行くとか、前にどこに行ったとか、そういうのはすぐ忘れる。
でも私が仕事から帰ってきたら、以前よりも自分でできることが増えたから、私の手間がだいぶ省けたし、何より表情が明るくて、会話も楽しいので、そういうストレスはだいぶ減りました」

QOL(生活の質)、ADL(日常生活動作)や日々の活動性、歩行は大幅に改善したものの、記憶障害そのものは依然として大きな課題、という感じです。
栄養療法にも、できること、できないことがあって、このあたりが改善の限界なのかなという気もします。

認知症は「記憶力の低下」が中核症状ではありますが、症状がそれだけなら、日常生活は特にどうってことありません。「お母さんまた同じ話してるよ」「え、そうだっけ?」って笑い合えばいい。でも、認知症で厄介なのは周辺症状です。ものを覚えられないことからくる不安や苛立ち、火の不始末などの行動上の危険、どこかに行ってしまう徘徊。家族としては周辺症状の対応が一番大変です。
上記の患者は、僕の治療を4か月受けても、主訴である記憶力低下は改善しなかった。しかし、それにもかかわらず、満足度は高い。それは周辺症状が改善したからです。娘さんとしては、サポートの負担がずいぶん減って、本人としても生活の質が上がった。喜ばしいことだけれども、記憶力をいかにして改善するかは、僕にとっての課題でもあります。

なんといっても、他ならぬ僕の父がアルツハイマーなのです。「医者のくせに自分の父親の症状も治せないのか」と思われるかもしれないけど、父は僕の患者ではない。
特に不仲というわけではない。でも特に仲がいいわけでもなく、盆と正月など含め数か月に1回実家に帰って、近況を話す程度。「父と息子」の関係性って、そんなもんじゃない?
「お父さん、記憶力やばいよ」ということは、ときどきクリニックにくる姉から聞いていたので、いつだったか、実家に帰ったときに、サプリを渡したことがある。「これ飲みなよ」と。しかしアルツハイマーは「このサプリを飲んどけば治る」みたいな病気ではないし、サプリを手渡したとて、全然続かない。常に誰かのサポートがないと継続できないんだ。

昭和30年生まれの母は10年以上前に59歳で亡くなりました。大腸癌。
「抗癌剤はやめたほうがいい」と言ったけれど、僕の言葉は届かず、主治医の言われるがままにきっちりと「治療」を受け、きっちり死にました。

1年もしないうちに、僕に新しい「母」が来た。父が飲み屋かどこかで見つけてきた女性のようで、僕はホッとしました。日本人の平均年齢的に見て、父はあと20年は生きなきゃいけない。残りの人生を伴走するパートナーが見つかって、これは喜ばしいことです。ただ、僕のほうからこの女性を「お母さん」と呼ぶのは、さすがに気恥ずかしいので、下の名前で○○さんと呼んでいるけれど。

父の症状は、近時記憶の低下はもちろんとして、易怒性がある。ごくささいなことでキレる。行きつけの飲み屋があったのだけれど、そこの大将とちょっとしたことで口論になり、店を出入り禁止になったとか、駅前のサウナで見知らぬ人と取っ組み合いのケンカになったとか、まぁ派手なエピソードを聞いている。アルツハイマー病にもタイプがあって、ピック病(前頭側頭型認知症)かもしれない。体は年齢よりも元気なので、こういう人がボケると一番困る。

先日、妻、こうちゃん、犬(ロン)を連れて実家に行った。
孫の名前を全然覚えない。でも覚えようと意識はしてるみたいで、こうちゃんを「ロン」と呼ぶものだから、僕は大笑いした。僕が横にいるこうちゃんの頭を、「ロン」と呼びながら犬を撫でるみたいに撫でると、こうちゃんも役者だから「ワン!」と犬になる。そういう寸劇を見て、父も笑う。記憶力に難があるけれど、コミュニケーション能力は問題ない。

久々に僕が帰省したことがうれしいと見えて、「飲むか」とビールを勧める。昼だったけど、応じた。
杯を重ねるうちに、秘密を打ち明けるような小声で、「金がなくて困る。陽子がこっそり盗んでいくんや。引き出しにしまってる現金を、ちょとずつ、俺に分からんように持っていく」
姉が父から金を盗む。当然あり得ない。
貧困妄想。物盗られ妄想。アルツハイマー病の典型的な症状だ。だから、話半分に合わせておく。「ああ、そうなん。大変やな」
さらに、こんなことを言う。
「恵子の浮気には参ったな。あの日は会社の飲み会で、飲み会となれば帰るのは必ず深夜を回るから、まさかあいつも、俺が11時に帰るとは思ってなかったんやな。飲み会があるにしては早く、11時ごろに家に帰ると、車がない。12時ごろに帰って来た恵子を、問い詰めたよ。『どこ行ってたんや』って。しどろもどろの答えで、答えが顔に書いてあったわ」
亡き母が浮気していたと言いたいらしい。
嫉妬妄想。これまた典型的な症状だな、と思ったが、ふと、子供の頃の記憶がよみがえる。

僕が小学生2年生か3年生の頃だったか、家の電話が鳴る。僕が受話器をとると、「村田です。お母さんいらっしゃいますか」
それで、僕は「おかーさーん、電話やでー」と台所の母を呼ぶ。
そんなふうに電話を取り次ぐことが何度かあった。
「村田さん」は家に直接来たこともある。インターホンが鳴って、僕が玄関のドアをあけると、見知らぬ男が立っていた。いそいそと母が出てきて、二人は玄関口で長く立ち話。

ああ、そういうことか。点と点がつながる。
母は一応車の免許を持ってはいたけれど、ペーパードライバーだった。僕が小学校6年生のとき、釣りのルアーが親指の付け根に刺さって、針が抜けなくなったことがある。母はすぐさま僕を車に乗せて、近くの救急病院に運んでくれた。運転する母の車に乗ったのは、僕の生涯でこの一度きりです。
母が、慣れない車を運転するというのは、よほどのことなんだ。
母が、深夜の逢瀬のために、時間の隙間を見計らって、車を走らせたとすれば、、、
僕は胸に、何か熱いものがこみ上げるのを感じました。
どう形容すればいいか、それは「ショック」でもないし「うれしい」でもない。ただ、ひとりの女性として、道ならぬ恋によろめき、激しい思いに駆り立てられた、その姿への共感ともいうべき感情で、僕は胸が熱くなって、しばらく何も言えなかった。

母はすでに故人で、この世にはいない。父は記憶力を失い、ただ過去の記憶だけがある。
アルツハイマー病の特徴は、前頭葉の変性であり、前頭葉は理性をつかさどる。「自分が浮気されたこと」なんて、見栄っ張りの父からは絶対出てこない話だった。理性の留め金がゆるんだ父から出てきた、母の予想外の横顔。本来、墓場まで持って行きたかった記憶だろう。
アルツハイマー病による妄想、と切り捨てることもできる。でも、そうしたくないと思いました。

>中村篤史について

中村篤史について

たいていの病気は、「不足」か「過剰」によって起こります。 前者は栄養、運動、日光、愛情などの不足であり、後者は重金属、食品添加物、農薬、精製糖質、精白穀物などの過剰であることが多いです。 病気の症状に対して、薬を使えば一時的に改善するかもしれませんが、それは本当の意味での治癒ではありません。薬を飲み続けているうちにまた別の症状に悩まされることもあります。 頭痛に鎮痛薬、不眠に睡眠薬、統合失調症に抗精神病薬…どの薬もその場しのぎに過ぎません。 投薬一辺倒の医学に失望しているときに、栄養療法に出会いました。 根本的な治療を求める人の助けになれれば、と思います。 勤務医を経て2018年4月に神戸市中央区にて、内科・心療内科・精神科・オーソモレキュラー療法を行う「ナカムラクリニック」を開業。

CTR IMG