ロンとツモ

なぜ今まで犬を飼わなかったのだろう。犬を飼うという、こんなにすばらしい経験を、僕はこれまでの人生で一度もしてこなかった。なんてもったいないことだろう。子供時代に犬と育つことができたら、あるいは、もっと若いときに犬を飼っていたら、僕の人生は全然違うものになっていたに違いない。
僕は何も分かっていなかった。たとえば3年前の自分は、こんなふうに思っていた。「犬の世話のために自分の貴重な時間をとられるのは、まっぴらごめん。散歩などに使う時間があれば、もっと生産的なことができる」「うんこを拾うなんてあり得ない。絶対無理」「『犬から学ぶ人生を楽しくするヒント』だって?ひどいタイトルの本だ。バカバカしい。そりゃエサと散歩のことだけ考えていられたら、人生楽しいだろうよ。でも人間の人生はそうじゃない」
違う。全くもって勘違いしている。傲慢にもほどがある。タイムマシンがあれば、3年前に乗り込んで当時の自分に説教を食らわせてやりたいが、犬のすばらしさを納得させられる自信はない。
こういうのは理屈じゃない。ただ、実際に過ごしてみて初めて分かる。犬と過ごす時間というのは、生産性で測れない。
https://note.com/nakamuraclinic/n/n56a8113d655c

ロンはもうすぐ2歳になる。体はすっかり成犬で、身体能力ははるかに僕を上回っている。僕が全力で走ってもすぐに追いつかれるし、水泳でも僕より上手に泳ぐ。水陸両用、という感じだ。小さい頃から毎週のように山や海に連れて行っていたおかげかもしれない。
身体能力だけではなくて、精神面でもかなわない。商店街なんかを一緒に歩いていて、人から「かわいい。なでてもいいですか?」と言われると、ゴロンと横になり腹を差し出す。「どうぞご自由になでてください」というように。

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3歳の子供にも無抵抗に腹を見せる。
誰に対してもこういう具合だ。ロンは、道行く人を皆、笑顔にする。僕はこいつに全くかなわない。

ロンに申し訳なく思っていることがある。それは、始終そばにいてやれないことだ。仕事の都合上、どうしても家で長時間一人で過ごさせてしまう。警察犬の訓練士さんに預かってもらう日もあるが、毎日預かってもらうわけにもいかない。セラピー犬としてクリニックに置いてやりたいが、まだ2歳。わんぱく過ぎる。それに、犬好きな患者ばかりでもないだろう。仮にクリニックに置くとしても、もう少し年をとって落ち着いてからだ。

ロンに遊び相手を与えてやりたいという思いが高じて、ついに、やってしまった。

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我が家に2匹目を迎え入れるという(笑)
ロンと同じく、ゴールデンのオス。
名前はツモちゃんと言います(笑)

ツモちゃん、クリニックに来て早々、かましてくれました。たまたまカメラがその様子をとらえていました。

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こういうとき、僕が「ツモ!ダメ!」と怒ると、ロンが僕とツモの間に割って入ってきて、僕の顔をなめる。「まぁそう怒るなよ」というように。

長年ゴールデンを飼っている患者がいる。亡くなるとまた次のゴールデンを飼い、その子がなくなるとまた別の子を飼い、という具合にゴールデンを何世代も飼ってきて、ゴールデンの性格に精通した人だ。
「先生、何をやるにも、まずはロンちゃんを優先してあげないとダメですよ。家に帰ったら、まず、ロンをなでてあげる。先にツモちゃんをなでてはいけません。エサをやるにも、まずはロンに。次にツモちゃん。先住犬の顔を立ててあげることが必要です。ゴールデンは基本的に穏やかな性格ですが、あまりにもひどく嫉妬をすると、ロンちゃんがツモちゃんをいじめないとも限りません。そのあたりは上手にやってください。
それから、いきなりこういうことを言うのもなんですが、ツモちゃんは、ロンちゃんほどには先生になつきませんよ。というのは、ロンちゃんは先生だけを見て育ちました。先生と山に行き海に行きあちこちに行き、互いに絆を深めました。でも、ツモちゃんは先輩のロンちゃんを見て育ちます。先生のことを主人だと認識するでしょうが、ロンに対しても服従します。だから、先生とツモちゃんの絆は、ロンとの絆ほど深いものにはなりません」
ああ、なるほど。確かにそういうことになりそうだ。
僕のほうでも、ツモに対して、ロンに対してほど強い愛着を抱かないような予感がしていた。というのは、ツモは2匹目だから。ツモには悪いけど、初めてロンが来たときほどの強い興奮と喜びは感じなかった。
このあたりは、夫婦の間に生まれた第一子が最大の愛情を注がれ、第二子以降は、愛されないわけではないけれども、第一子ほどの強い愛情を受けないという、どこの家庭にもある心理と通じるものがあると思う。

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しかし、それでも、ゴールデンの子犬が世間一般の人に対して持つ“破壊力”は、すさまじいものがある。こんなふうにして、背中にツモを背負って商店街を歩いていたら、道行く人々の間で、あまりの可愛さにどよめきが起こった。いいですか?可愛すぎて、どよめきが起こるんですよ?(笑)
もちろん、僕もこの子を可愛いと思う。
でも、犬の本当の魅力はこういうのじゃない、とも思う。今のツモの魅力は、人形の可愛さだけど、やがて成長するにつれて、だんだんこの子らしさが出てくる。つまり、性格の可愛さが出てきて、僕としては、ここからが本番、という気がしている。

ロンはいつも僕の布団のところにきて、僕の横で寝る。腹を上に向けて寝る姿を見て、「野生忘れすぎやろ」と笑ってしまう。笑いながら、ふと思う。
これまでの人生で、僕が、誰かを、何かを、ロンを愛するようなシンプルな強さで、愛したことがあっただろうか。何人かの女性と恋愛したことがある。そこにはいつも、お互いの打算や駆け引きがあった。今思うと、実にめんどくさい。あんなめんどくさいこと、よくやってたなぁ。
ゴールデンの寿命は平均10~12年。10年後、ロンはこの世にいないかもしれない。寝顔を見ながら、何だか涙が出てきたりする。あまりにも元気すぎて、ときには憎たらしいほどだけど、多分こいつは僕よりも先に死ぬ。ロンのいない人生に、僕は耐えられるだろうか。耐えられないに決まっている。だから、ゴールデンの魅力にずっぽりハマってしまった人は、せめてもの慰めに、次のゴールデンを飼うんだろうなぁ。

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>中村篤史について

中村篤史について

たいていの病気は、「不足」か「過剰」によって起こります。 前者は栄養、運動、日光、愛情などの不足であり、後者は重金属、食品添加物、農薬、精製糖質、精白穀物などの過剰であることが多いです。 病気の症状に対して、薬を使えば一時的に改善するかもしれませんが、それは本当の意味での治癒ではありません。薬を飲み続けているうちにまた別の症状に悩まされることもあります。 頭痛に鎮痛薬、不眠に睡眠薬、統合失調症に抗精神病薬…どの薬もその場しのぎに過ぎません。 投薬一辺倒の医学に失望しているときに、栄養療法に出会いました。 根本的な治療を求める人の助けになれれば、と思います。 勤務医を経て2018年4月に神戸市中央区にて、内科・心療内科・精神科・オーソモレキュラー療法を行う「ナカムラクリニック」を開業。

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