

『勝五郎の生まれ変わり』(ラフカディオ・ハーン著)より。
「以下の著述は『物語』ではない。私はあくまで、19世紀初頭に江戸幕府の押印と署名がなされた日本の文書の翻訳者にすぎない。
豊多摩郡中野村に住む百姓源蔵の次男勝五郎の事例
勝五郎が9歳のとき、姉に奇妙な話をする。
「ぼくはこの家に生まれる前、程久保村(現在の東京都日野市)に住んでいて、藤蔵って名前だった。お父さんの名前は久兵衛、お母さんの名前はしづ。お父さんはぼくが2歳のときに亡くなって、半四郎という新しいお父さんが来てぼくを可愛がってくれた。でもぼくは6歳のときに天然痘にかかって死んでしまった」
姉は最初「変な空想をいう子だね」と思うだけで、ほとんど気に留めなかった。ところがその後も同じ話を繰り返すものだから、こっそり両親にそのことを告げた。
ある日、父の源蔵が勝五郎にこの件を問いただすと、勝五郎はこんなことを言った。
「こんなことを言ったら怒られると思って、ずっと黙っていた。4歳まではぜんぶ覚えていたけど、今ではだいぶ忘れてしまった。まだ覚えているのは、、、
ぼくは前、6歳で天然痘で死んだ。葬式の日に棺桶に入れられて、山の墓地に運ばれたんだけど、棺桶をお墓の穴に入れたときに、ドスンというすごい音がして、ぼくはぼくの体から出た。家に帰ると、お母さんが泣いていて、声をかけたけど、ぼくに気付いてもらえなかった。
ぼくのために唱えられる念仏の音が聞こえた。家のみんなが仏壇の前に温かいおもちを供えてくれて、その湯気がすごくあたたかかった。
ふと、白いひげを生やした黒い着物のおじいさんが『こっちにおいで』と手を振って、ぼくを呼ぶ。おじいさんに連れられて、山や川をふわふわと飛んだ。そこは、暑くも寒くもなくて、おなかもすかなかった。夕方みたいにうす暗くて、野原の花がすごくきれいだった。花を折ろうとすると、カラスが来て怒られた。
おじいさんが『お前は生まれ変わらねばならん。でも3年経ってからだ。次にお前が行くのは、この家だ。お前の祖母となる人はとても優しいからな。そこで授かり、生きてゆくのがお前にとっての幸せだろう』そんなことをいって、おじいさんは消えた。
あの世にいたのは、ものすごく長かったような、それともほんの数日だったような気もしたけど、またおじいさんが来て「3年経ったぞ」といって、連れてこられたのが、今の家だった。
しばらく家の入口にある柿の木の下にいて、家の中に入ろうとしたら、お父さんとお母さんの話し声が聞こえた。お父さんの稼ぎが少ないから、お母さんが江戸に出稼ぎに行かなきゃね、って話をしてて、ぼくは正直、『貧乏なのはいやだな』って思ったよ(笑)それで3日ほど庭でじっとしてたら、3日目、お母さんは江戸に行かなくてもいいってことになった。その夜、家に入って、また3日ほどかまどのそばにいて、それから思い切って、お母さんのおなかに飛び込んだ」
源蔵は驚きの念に打たれながら、黙って息子の話を聞いた。窮乏のため妻が江戸に出稼ぎに行くしかないということを確かに話し合っていたが、そのことは子供にも誰にも話したことがない。しかしまさか、勝五郎からそのことを言われるとは思わなかった。また、勝五郎の話しぶりがあまり確信に満ちた様子だったので、源蔵としては勝五郎が嘘をついていると疑う理由を見出すことはできなかった。
勝五郎の話を村の長老や年長者に伝えたところ、彼らは大いに興味を持ち、実際に調べて見ようということになった。中野村から程久保村までは、ほんの5kmほどの距離である。
調査をするうちに、『前世を語る少年』の噂はすぐに広まり、程久保村に住む半四郎の耳にも届いた。半四郎は源蔵の家を訪ね、少年が語る内容(両親の顔の特徴や容貌、自宅の様子なども含め)がすべて事実であることを認めた。
その後、勝五郎を程久保村の半四郎の家に連れて行ったところ、村人たちは大いに驚いた。勝五郎の見た目が、数年前に6歳で亡くなった藤蔵にそっくりだったからである。半四郎の家の人たちは、「藤蔵が帰って来たみたいだ!」といって大いに喜んだ。また、勝五郎は初めて来たはずの家の中のことをよく知っていて、「あそこ、タバコ屋の木は、前は生えていなかったよ」などといって、みんなを驚かせた。
それ以来、源蔵の家と半四郎の家の交流が始まり、両家はときどき訪ね合うようになった。噂が広まり、近隣の村々の人々が勝五郎を見に来るようになった。
噂は遠く、因幡の国の大名池田冠山の耳にも届いた。
冠山にはつゆという娘がいたが、つゆは6歳で天然痘にかかり亡くなった。可愛がっていた娘を亡くした心痛のあまり、出家することさえ考えた。そんな苦しみのさなかに、勝五郎の生まれ変わりの話を聞いたのである。藤蔵という6歳の少年が天然痘にかかり命を落とし、それから3年して勝五郎という別の少年として生まれ変わった。同じ6歳で亡くなったつゆも、どこか別のところで命を得て、生まれ変わっているのだろうか。勝五郎に会いたい、会って話を聞きたいと思った冠山は、居ても立ってもいられない。そして遠路はるばる因幡の国から豊多摩郡まで1か月かけて、勝五郎に会いに行ったのだった。
大名がわざわざ自分に会いに来たというので、勝五郎は恐縮して何も話すことができなかったが、代わりに家族が勝五郎の話をした。冠山はこれを『児子再生前世話』として記し、世に出した。
噂が噂を呼び、勝五郎の転生譚は江戸の国学者平田篤胤の耳にも届いた。興味を持った篤胤は勝五郎を自宅に招き、詳しく話を聞いた。そして、『勝五郎再生記聞』という書物にまとめた。
篤胤はこれを都に持っていき、天皇に献上したため、勝五郎の生まれ変わりは広く都の人々にも知られることになった。
その後、勝五郎は篤胤の国学塾に入門し、篤胤の門人となった」

この話を書物のなかで海外に紹介したのが、ラフカディオ・ハーン、つまり、今NHKの朝ドラで放送中の小泉八雲である。
『勝五郎の生まれ変わり(The Rebirth of Katsugoro)』の話は、最も古く、かつ、最も正確に記述された生まれ変わりの事例として、学術的にも価値が高いとされる。

生まれ変わり現象の先駆的研究者といえば、バージニア大学教授のイアン・スティーブンソンである。そもそも彼が生まれ変わり研究に取り組むきっかけになったのは、ハーンの著書から『勝五郎の生まれ変わり』を知ったことだった。彼の著書『前世を記憶する子どもたち』は2300例以上の生まれ変わり事例を実地調査した記録で、世界中で大反響を巻き起こしベストセラーになった。

このベストセラーも、ハーンの著書がなければ生まれなかったと思えば、なかなか感慨深いものがある。ハーンの仕事が後世の研究者を刺激したということだから。
僕は、生まれ変わりという現象は当然あると思っています。これは、信仰する特定の宗教を持たない僕にとっては、ある種の宗教的信念のようなものかもしれない。僕は医者で、医者は科学的知見を臨床応用する学者ということになっているけれども、「魂などというものは存在しない。意識は神経細胞の集合および相互の作用によって生じる」みたいな還元主義的価値観に殉ずるつもりはない。こんなに寂しい価値観ってないでしょ。そうではなくて、「人間は生まれ変わるものだ」と考えることで、人生は(少しだけ)生きやすくなります。僕としては、過去生はどうでもいい。でも「今の自分が死んだ後も、終わりではない。続きがあるのだ」と考えると、今やっていることのすべてが意味があるように思えます。
ふと、ちょっとした興味で、こうちゃんに聞いてみた。
「こうちゃん、ここに生まれてくる前、どこにいたの?」
きょとんとして、しかし質問の意味を理解してか、こうちゃん、黙ってすっと腕を上に伸ばし、空を指さした。
「お空から来たってこと?」
すごい証言が聞けるかもしれないと思ったが、こうちゃん、「あれ、買って」とショーウィンドウのポケモン人形を指さしてるだけでした(笑)
慈悲深いことに、前世の記憶はきちんとデリートされてこの世に生まれてくるのが普通です。前世がどうだったかとか、無理やり聞き出すものではありません。