ツモちゃんのこと

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一番左がツモちゃん。

ツモちゃんの記事を書いたことで、多くの人からメッセージを頂いたり、献花を頂いたりしました。いただいた花は、ツモのお骨の前に供えています。
個別の返信はできませんが、この場を借りて、みなさんに感謝申し上げます。ありがとうございます。

僕とこうちゃんは、ある程度、悲しみを消化できたところがあって、もう涙を流すことはありません。しかし妻は、ツモの死から2週間以上経ってなお、毎日泣いています。
僕がリビングにいると、突然台所にいる妻が声をあげて泣き始めたりする。どうしたん?と聞くと、「ご飯が全然減らへんねん」
ツモは大食らいだったから、ツモがいなくなって、ご飯が全然減らない。そこにツモの不在を感じて、急に泣き崩れたりする。
そんなふうに、日常のあちこちに「ツモの不在」があって、そのたびに、妻は泣く。
僕は何も言わない。「いつまで泣いとんねん」と責めることもしないし、「そうやなぁ、悲しいなぁ」と変に同調することもない。ただ、妻の涙の発作を横で聞いている。

なんといっても、突然死だった。元気のカタマリのようなツモが、一瞬にして、この世界からいなくなってしまった。確かに、意味が分からない。
まだしも、もともと病弱で、ちょっとずつ弱っていって、ついには死んでしまった、という経過なら、理解はできる。「回復のために手を尽くしたけど、それでもダメだった」という感じで、あきらめがつく。でも、ツモの場合はそうじゃない。いきなりどこかに消えてしまった感じだ。
特に妻の心が弱いということはないと思う。こんな死に方は、そうそう簡単に受け入れられるものではない。ツモは死んだのだ、と一応頭で理解はできても、納得が追い付いてこない。

「ツモはもう天国におるんちゃうかな。俺らが死んだときに、迎えに来てくれると思うよ」というと、妻は、
「いや、生まれ変わって、ここにまた来ると思う。別の犬の姿をとって」
こんなふうに、妻は最近やたらと『生まれ変わり説』に固執している。
妻は(一応)クリスチャンである。キリスト教の教義では「人は死んだら、イエス様のもとで永遠に幸せに暮らす」と説いている(詳しく知らんけど)。少なくとも、生まれ変わりという概念はキリスト教的ではない。一方、たとえばチベット仏教では、生まれ変わりは当たり前のことで、ダライ・ラマが崩御すれば、その生まれ変わりのどこかの赤ちゃんが、次なるダライ・ラマを継承する。
今、我が家では、僕のほうがクリスチャン的で、妻のほうが仏教的という、逆転現象が起きている(笑)

ツモの死を記事に書くことには、躊躇があった。そこには理由がある。

僕はコロナ禍で、説明のつかない奇妙な経験をしたし、そんな経験談を知人から聞いた。たとえば、鵜川さんの話。
鵜川さんは、ワクチンで亡くなった人のご遺族のための活動をしている。こんな活動は、コロナワクチンを推進したい一部の人たちにとって、不都合極まりない。それで、鵜川さんは様々な妨害にあった。何十件と脅しの電話がかかってくるし、強迫の手紙が届く。それで家に防犯カメラをつけた。すると、そのカメラの画像がなぜか乱れる。何度業者を呼んで修理しても、画像がおかしくなる。最終的に分かったのは、妨害電波が送信されているということだった。一個人の家庭に対して、妨害電波を送信できるのは、どういう勢力か。個人の嫌がらせではない。大きな組織をバックに持つ勢力ではないか。
あるいは、高速道路でブレーキが利かなかったことがある。名神高速を運転している最中、減速しようとしたら、ブレーキがかからない。鵜川さんの車は、前の車に衝突してしまった。渋滞中でスピードが出ていなかったことは、不幸中の幸いだった。鵜川さんの車は、事故が起きそうになったときにはブレーキが自動的にかかるようになっている。なぜブレーキがかからなかったのか。自動制御を遠隔で乗っ取り、意図的に事故を起こそうとした人がいるのではないか。
あるいは、ラインのアカウントがごっそり削除されたことがある。今鵜川さんは国を相手に、ワクチン遺族のための裁判をしている。ある裁判期日の朝、弁護士と当日の打ち合わせをしているラインアカウントが、突如、消えた。ラインは韓国の私企業が運営している。どこかの強い権力を持つ存在が、その気になれば、誰か特定個人のラインを盗み見たり削除することは簡単にできるだろう。
あるいは、鵜川さん、突然体調不良に陥ったことがある。いきなり、胸が痛い。直感的に、霊的なものだと思った。それで、病院に行くよりは、知り合いのユタ(沖縄の霊能力者)に電話した。「すぐに来なさい」とのことで、沖縄に飛んだ。ユタの女性は、鵜川さんを一目見るなり、驚愕した。鵜川さんの心臓にどでかい槍が突き刺さっていたからだ。もちろん、普通の人には見えない。見える人にしか見えない槍だけれど、ユタにはそれがはっきり見えた。明らかに、呪術によるものだった。誰かが鵜川さんに呪いをかけて、どでかい槍を突き刺した。2時間以上かかって、ユタはようやくその呪いを解いた。「私もこの仕事長いけど、これ、明らかにプロの仕業だよ。力を持った能力者が、呪詛を飛ばしてる」

あるいはこんな事例。

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原口一博議員が、自身のライブ配信でしゃべっている最中、急に眠りに落ちた。その映像を確認すると、正体不明の手が一瞬映っている。
原口さんといえば、ワクチンの危険性を訴える最前線にいる国会議員である。明治ファルマから訴えられたことから分かるように、大手企業も原口さんの存在を疎ましく思っている。
妙な呪いをかけられたと思うのは、想像をたくましくし過ぎだろうか。

ツモが死んだとき、僕がふと思ったのは、ツモは僕をかばってくれたのではないか、ということです。
今の僕は、コロナ禍のど真ん中の頃と違って、情報発信の最前線に立っていません。界隈の端っこのほうで、細々と健康情報を発信している一介の医者に過ぎない。殺されるリスクがあるとすれば、2021年、2022年頃だったと思う。
それでも、今でも、薬がなぜダメなのか、ワクチンがどう体に悪いのか、そういう情報を頻繁に書いていて、製薬業界関係者から見れば、さぞうっとうしい存在に映っているだろうなという自覚はある。

船瀬さんがこんなことを言っていた。
「某化粧品会社がヤクザに私の暗殺を依頼したと聞いている。だから私は、確かに殺される予定だった。なぜ分かったのかって?そのヤクザが下手を打って、別件で逮捕されたんだよ。警察が持ち物を調べると、手帳が出てきた。そこに私の名前があった。そのヤクザ、すでに手付金をもらっていて、殺害がうまくいけば成功報酬もたっぷりもらえる予定だった」

殺すのに人を使えば、こんなふうに足がつく。しかし呪いなら?
千年前、安倍晴明の時代なら、呪いで人が病気になったり命を落とすことは当たり前だった。しかしこの現代において、誰かが死んで、まさか呪い殺されたとは思わない。その「まさか」が盲点である。彼らが本気になれば、手段を選ばない。呪い殺すという方法は、古いようで、案外、最も洗練された殺し方ではないか。

僕はコロナ禍で、いろんな奇妙な事象を見聞きし、経験しました。コロナ禍は一生分の奇妙を濃縮したような濃い数年間でした。そんな経験をしたせいで、世間の人が「陰謀論だよ」と一蹴することであっても、僕は「何があっても全然不思議じゃない、何でも起こり得る」と思うようになりました。
ツモは、イノシシにも立ち向かうし、台風が起こす高波にも立ち向かう。そんな勇敢なツモが、僕にかけられた呪詛にも立ち向かい、我が身を賭けて、僕を守ってくれた。もちろん想像です。
しかし仮に、そういう呪いをかけた人がいたとして、その人が僕の記事を読めば、「ちっ、ミスったな。せっかくかけた呪いを犬がかぶってしまった」と、僕の状況を知らせることになってしまう。僕がツモのことを記事に書くのを躊躇したというのは、そういうことです。

今日の話は、想像の上に想像を重ねた話で、要するに妄想です(笑)
僕は、妻のように涙は出ないけれど、ツモの死を消化しきれない点では、妻と同じかもしれません。

>中村篤史について

中村篤史について

たいていの病気は、「不足」か「過剰」によって起こります。 前者は栄養、運動、日光、愛情などの不足であり、後者は重金属、食品添加物、農薬、精製糖質、精白穀物などの過剰であることが多いです。 病気の症状に対して、薬を使えば一時的に改善するかもしれませんが、それは本当の意味での治癒ではありません。薬を飲み続けているうちにまた別の症状に悩まされることもあります。 頭痛に鎮痛薬、不眠に睡眠薬、統合失調症に抗精神病薬…どの薬もその場しのぎに過ぎません。 投薬一辺倒の医学に失望しているときに、栄養療法に出会いました。 根本的な治療を求める人の助けになれれば、と思います。 勤務医を経て2018年4月に神戸市中央区にて、内科・心療内科・精神科・オーソモレキュラー療法を行う「ナカムラクリニック」を開業。

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