ツモの一生

「どの子犬がいいか、選べ」なんて、そんな酷な選択がありますか?

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どれも可愛いっちゅうねん

仕方ないから、直感的に1匹を選んだ。

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どう触っていいかもわからない。強く触ると壊れそうで、怖かった。
ただただ温かく、いとおしい生き物。

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「かわいい」という形容詞が具現化すると、こうなりました(笑)

うちに来たのが2021年11月27日。
我が家は3人家族(我々夫婦とロン)から、4人家族になりました。

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お兄ちゃん(ロン)は遊びの先輩であると同時にライバルで、

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小さいときから負けん気が強かった。

一緒に遊んでは、一緒に寝て、

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寝るたびごとに、

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スクスクと成長しました。

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こうちゃんは妻のお腹の中
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我が家の5人目のメンバーこうちゃんが来たときには、
お兄ちゃんになる自覚を持って、優しく迎え入れてくれました。

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こうちゃんを見つめるツモ
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ロンツモは、

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よきコンビであり、

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我が家を守るボディーガードのようでした。

ツモはすばらしいアジリティ(俊敏性)で、

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僕がボールをどんなに遠く投げても、すぐに持ってきました。
山に投げても、海に投げても。

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そして、この表情。

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「投げて」→投げる→「投げて」これが永遠に続く(笑)

投げるのに疲れた僕が根負けして、遊びを切り上げる、というのがいつものパターンでした。

警察犬としても優秀で、大会では上位入賞の常連でした。

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なにちょっと偉そうな顔してんねん(笑)
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僕としては、優秀であろうがアホであろうが、かわいい我が子。どっちでもいいのだけれど、とにかく愛嬌があって、誰からも愛される犬でした。

ロンツモを連れて商店街なんて歩けば、すごいよ。
道行く人から「かわいい!」と声をかけられます。ほぼ100%の確率で。

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こんなふうに車の窓から2匹が顔出せば、写真とられたりしてね(笑)

人が好きだから、パーティーなんかも大好きでした。

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人の集う場では、ロンツモがひとつの「花」でした。

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どこに行くのも一緒でした。

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ネコとも仲良くできます
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僕らは、

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5人家族で、

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この幸せな5人暮らしが、

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永遠に続くと

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思っていました。

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ツモちゃん。

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君がいないと、成り立たないんだよ。

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ツモちゃん、なんで死んでまうんかな。

2025年12月4日の昼、一家5人、車で山に行った。
車を降りてバックドアを開けると、待ちきれないロンツモが飛び出す。僕は後ろを見ることもなく、全力で走る。当然、追いつかれる。今日僕をつかまえたのはロンだった。よしよしとロンの頭をなでてやる。ふと横を見ると、ツモが上を向いて、けいれんしていた。すぐに叫んで、妻を呼んだ。
「ツモー!ツモー!」抱きかかえて名前を呼ぶが、意識は戻らない。
すぐに下山して、獣医に向かった。
車内で救急対応ができればよかったが、あいにく僕は人間専用の医者で、意識不明に陥った犬の対処法を知らない。鼻先に手をやると、呼吸を感じない。いつもは湿っている鼻が乾いている。循環が止まっている。
僕ができることは、ツモを抱きしめて、心臓(と思われる箇所)を、軽く叩くことだけだった。
獣医に到着するやいなや、気管内挿管と心臓マッサージが行われた。心臓は動かない。しばらくしてボスミン注射。それでも循環は戻らない。
蘇生術が30分ほど行われたあと、獣医がいう。「もうこれ以上の処置は難しいかと」
「けっこうです。中止してください。ありがとうございました」

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いつだったか、夕食を終えて、家族で一家団欒のひととき。
こうちゃんはブロック遊びに夢中になっていて、ロンとツモは布団でうとうとしている。
妻がふと、「あっちゃん、私ね、今、幸せやねん」
「あ、そうなん」
無関心ぽく答えたけれど、本当は僕も同じ思いを感じていた。
こうちゃんがいて、ロンツモがいて。夕食後の平和な時間。
幸せとは何か。定義は知らない。でも、こういう空間が幸せではないのなら、他にそんなものは存在しないということは分かる。

そんな幸せが、一瞬のうちに、どこかに消えてしまった。

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永遠とは言わない。
でも漠然と、10年ぐらいは続くんじゃないかと思っていた。
もっと長生きして欲しかった。
顔が真っ白になるまで、おじいさん犬になるまで、生きて欲しかった。

社会人の世知辛さで、いつまでも感傷にひたっているわけにはいかない。
明日の金曜日からは仕事がある。しかし、客観的には飼い犬の死亡でも、僕にとっては家族である。我が子が死んだのだから、患者には申し訳ないが、明日の予約患者には全員連絡を入れて、仕事を休もうと思った。が、末期癌で本当にヤバい患者さんとか、わざわざ県外からホテルを予約してまで来院する患者さんがいる。そういう人の診察だけは、やることに決めた。


お通夜。
ツモと過ごす最後の夜である。
僕は「なんで死んでまうんかな」ということばかり考えていた。
食事は妻の手作りで、栄養はいい。実際元気で、生命力があふれていた。
既往歴のない健常者の突然死ということなら、原因はまず、循環器系である。QT延長とかブルガダとか、何らかの致死性不整脈が背景にあったのではないか。だとすれば、問題は先天的なもので、無理な交配を繰り返したとか、ブリーダーの問題ではないか。
妻は大泣きして泣きじゃくっていたけれど、僕の頭の中は悶々としていて、いわば、泣く余裕がなかった。

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ロン1匹だけ


お通夜のあと、クリニックに向かった。
朝、妻が僕を見送るために、庭に出た。「いってらっしゃい」
ふと、庭の芝生に掘られた穴が目についた。
「ほら、あれ。ツモが掘ったやつ。何べん掘るないうても、庭ほじくって、芝ダメにしてさ。あいつほんま、アホやったな」
その瞬間、ツモの不在が急に身に染みてきた。
「あいつ、ほんま、アホやったな」
よく分からない感情のかたまりが胸のなかを上がってきて、たまらなくなって、僕は膝から崩れてしまった。
「なんで死んでまうねん!」
どっと涙が込み上げて、子供みたいに声を出して泣いた。

どれだけ泣いてもツモは帰ってこない。それでも、声上げて激しく泣くことで、「やっとちゃんと悲しめた」というような、妙な納得感がある。
もちろん、悲しみはしばらく消えないと思う。
山に行っても、海に行っても、ツモの不在を感じないわけにはいかない。
ロンツモと山道を散歩していたとき、イノシシに出くわした。僕とロンは、イノシシの巨体に恐れをなして、一目散に逃げたのだけれど、ツモは、なんと、イノシシ相手に向かって行った。なんなら逆に、逃げようとするイノシシを追いかけて行った。あの勇敢さには恐れ入ったな。
淡路島の海辺に行ったとき、その日は台風が近づいていて、波が高かった。砂浜全体を飲み込んでしまうくらいに高い波だったけれど、そんな荒波の中に投げたボールをさえ、ツモはちゃんとキャッチして戻って来た。ツモは勇敢だった。あいつは本当にすごい奴だった。
イノシシ遭遇事件の写真も、荒波ボールキャッチの写真も、ありません。
本当に大事な思い出は、僕の胸のなかだけにあります。

>中村篤史について

中村篤史について

たいていの病気は、「不足」か「過剰」によって起こります。 前者は栄養、運動、日光、愛情などの不足であり、後者は重金属、食品添加物、農薬、精製糖質、精白穀物などの過剰であることが多いです。 病気の症状に対して、薬を使えば一時的に改善するかもしれませんが、それは本当の意味での治癒ではありません。薬を飲み続けているうちにまた別の症状に悩まされることもあります。 頭痛に鎮痛薬、不眠に睡眠薬、統合失調症に抗精神病薬…どの薬もその場しのぎに過ぎません。 投薬一辺倒の医学に失望しているときに、栄養療法に出会いました。 根本的な治療を求める人の助けになれれば、と思います。 勤務医を経て2018年4月に神戸市中央区にて、内科・心療内科・精神科・オーソモレキュラー療法を行う「ナカムラクリニック」を開業。

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