ラットの実験です。
高カロリー食により肥満になった父親から生まれた娘は、通常食で育ったにもかかわらず、糖尿病の症状を示しました。

奇妙な結果です。高カロリー食によって肥満になる。これは当然のことですが、その結果、生まれた娘が糖尿病になるというのは、メンデル遺伝では説明がつかない。なぜなら、高カロリー食で肥満になったからといって、父親の遺伝子が変化しているはずがないからです。変化しているはずがないのに、娘は糖尿病になる。メンデル遺伝とは別の遺伝形式で、後天的な形質(高カロリー食による肥満)が娘に受け継がれたと考えざるを得ない。
この研究をもっと深めたいと思う研究者がいました。そこで、ラットよりも飼育が簡単で、世代交代が早い線虫(C. elegans)を使って同様の実験をしました。

線虫に軽度のストレスを与えて飼育すると、ストレス耐性を持つ線虫になる。その子供世代は、ストレスなしで飼育しているにも関わらず、親が持つストレス耐性が受け継がれた。
これもシンプルな実験ですが、従来の遺伝学では説明できない現象です。
遺伝子自体は変わっていない。しかし、エピジェネティック(DNAの塩基配列を変えることなく、遺伝子の働きを制御する仕組み)な変化が獲得形質の遺伝に関わっていることがこの研究により明らかになりました。
こんな実験もあります。

メスのマウスに軽い電気ショックを繰り返し与え、その際、ペパーミントの香りをかがせる。これにより、電気ショックとペパーミントの香りが結びつき、ペパーミントをかぐだけですくみなどの恐怖反応を起こすようになる(恐怖条件付け)。
このメスマウスと、恐怖条件付けしていないオスマウスをつがいにし、生まれてきた子マウスにペパーミントをかがせると、子マウスに恐怖反応が見られた。
恐怖付けしたメスの卵子と、恐怖付けしていない代理母マウスで実験すると、その子マウスもやはり、ペパーミントで恐怖反応を示した。
これは大変示唆に富む研究です。人間で同じ実験はできませんが、第二次大戦中、オランダで飢饉が起こり、そのとき妊婦だった母親から生まれた子供が、後に肥満などの病気にかかりやすいという研究があります。あるいは、ドイツ軍の空爆におびえる連合国で、そのとき妊婦だった母親から生まれた子供が、後に統合失調症の発症率が高いという研究があります。
妊娠中の母親のストレスが、卵子にエピジェネティックな変化を起こし、それが子供に受け継がれる。この現象はどうやら人間にも成り立つようです。
最近の記事ですが、

父マウスにみっちり運動をさせて、いわば「アスリートマウス」にする。そして、特に運動してない母マウスとつがいにすると、その子マウスの体格が生まれつき優れていて、しかも運動能力も高かった。
父マウスの遺伝子を調べても、特に優秀というわけではない。つまり、これはDNAの遺伝ではありません。父親の運動能力という獲得形質が、エピジェネティックに(DNA遺伝を介さずに)、次世代に受け継がれたということです。
実際のところ、この手のことは昔から経験的に知られていて、旧ソ連ではオリンピックのメダリストの男女を夫婦にさせて、優れたスポーツ選手を育成しようという試みが実際に行われていました。

元プロ野球選手の高木豊氏には3人の息子がいて、全員がプロサッカー選手になった。
プロに憧れるサッカー少年がいたとして、彼がプロ入りできる確率はどれほどか?また、ある人に3人の息子がいたとして、その3人全員がプロサッカー選手になる確率は?
日本中のサッカー少年が日々努力している。しかし努力だけでプロになれるような、甘い世界ではないだろう。そこにはやはり、持って生まれた遺伝という要素を無視することはできない。

父はプロ野球選手、母はプロゴルファーという青年も、プロサッカー選手になった。
遺伝の恩恵は明確にある。ただし、遺伝子の恩恵ではない。遺伝子は基本的に変化しないので。上記のネズミや線虫の研究が示すように、エピジェネティックな要因が親から子に受け継がれ、その強みを生かすことで、彼らはプロになった。

バッハといえば、普通、J.S.バッハ(ヨハン・セバスチャン・バッハ)のことだけど、バッハの家系はやたらと優秀な音楽家を輩出するということで、遺伝学者の研究対象になっている。
音楽的才能も遺伝するということだろう。
上記の研究を見て思うのは、ようやく千島学説の正当性が裏付けられる時代になったなということです。

千島学説で最も有名なのは腸造血ですが、これについても最近その正しさを示唆する研究が出てきました。

長らく学会主流派から無視されてきた千島学説だけど、今後次々と証明されていくかもしれない。
身体能力が遺伝し、音楽的才能が遺伝し、恐怖さえ遺伝する。まるで、何でもかんでも遺伝するみたいだ。
しかし、恐怖の遺伝は厄介だね。たとえば、子供の頃に親から「勉強しろ」と散々言われて、そのせいで勉強が大嫌いになったお母さんがいるとして(勉強への「恐怖条件付け」)、でも勉強の重要性は理解している。だからつい、自分の子供にも「勉強しなさい」「宿題しなさい」と言ってしまう。しかし子供のほうでは、お母さんから『勉強嫌い』をしっかり受け継いでいるとすれば、こんな不幸なことはない。
お母さんにも、何かワクワクすることがあるはずです。アートが大好きとか、自然と触れ合うのが楽しいとか。お母さんは、自分が楽しいことを子供と一緒にすればいい。そうすれば、一番それが子供に伝わると思う。
「勉強だけが生きる道ではない」なんて、当たり前のことだけど、そこを理解してないお母さんはけっこういるんじゃないかな。
マウスで実証されたのは「恐怖の遺伝」だけど、その逆も絶対あると思っています。「楽しさの遺伝」「ワクワクの遺伝」みたいな。「これをしているときがすごく楽しい」というワクワクが、エピジェネティックに子供に受け継がれて、お母さんと同じものを楽しむ素養が子供に伝わってると思う。お母さんは子供のそういう芽を育てるべきだよね。
僕は医者なので、病気の遺伝にも興味がある。高脂肪食で肥満した父ラットから生まれた娘ラットが糖尿病傾向を受け継ぐという研究は、なかなかショッキングです。同じようなことが人間にも起こるとすれば、、、
でも、当然、改善の道はあると思っている。獲得形質が遺伝するとして、ある形質が食の不摂生によって獲得されたのであれば、食の改善によってその形質を改善することも当然可能でしょう。
「獲得形質は遺伝する」
これが事実だとしても、あまりネガティブにとらえたくない。
いい面だけを見ればいいんだよ。占いと同じだよ。占い師からいいことを言われたら、それだけ覚えておけばいい。嫌なことを言われたら、そこだけ忘れればいい(笑)
同じように、親からいい形質(身体能力とか音楽的才能とか)を受け継いだなら、それをありがたく生かせばいい。嫌な形質をもらったら、改善できるものなら改善に取り組めばいいし、あるいはそういう形質が不利にならない世界で生きていけばいい。
能力差があることは仕方ない。でも誰にでも輝かしく生きる道はあると思うよ。