
入谷敏さん
「大学では微生物学を研究していました。微生物の作るβグルカンの構造とか生理作用を調べたり。1972年大学を卒業後、林原に入社しました。
林原では、最初は糖分の研究をしていた。マルトース、プルラン、マルチトール、トレハロースとか。たとえば、プルランはアウレオバシジウムという黒酵母の一種が作るんだけど、大量に産生する変異株を作ったり、工場プラントで大量生産する方法を考えたり、あるいはプルランを代用血漿として使う研究をしたり。

1980年会社の上司から「バガスを有効活用したいんだけど研究してくれないか」という話があった。バガスというのはサトウキビの搾りカスのことです。サトウキビから砂糖を作った後、バガスが大量に残るけど、当時は産業廃棄物として、重油で燃やすゴミに過ぎなかった。「バガスを有効活用できれば、ゴミが宝の山になる」と。それでバガスを発酵させて牛のエサにする研究を始めた。
研究が形になってきた頃、会社が「ブラジルに行ってくれ」と。ブラジルはサトウキビの生産が盛んだけど、バガスはやはり、ゴミ扱いなので、その活用法を現地の農園で指導しようということになった。畜産技術にまつわるノウハウを教えて、ブラジル各地に広める。バガス由来の発酵飼料で育った牛は成長がよく、肉質もいい。現地農家はその肉を市場に売り、儲かる。うちとしても、指導料をいただき、バガスを発酵させる際の菌を売ることで利益が出る。win-winの関係になる。そのはずでした。
うちがブラジルの事業を手掛ける10年ほど前、アントニオ猪木が同じことをやろうとしていました。台湾出身のあるM博士が、猪木に「バガスを使って牛のエサを作り、その牛肉を売れば大儲けできる。プロレスできなくなった選手をブラジルに送り込んで、牧畜させればいい」と持ち掛けた。猪木はその話に乗り、14億円を出資した。
しかしこれは、完全な詐欺とは言わないまでも、ほとんど詐欺でした。M博士は現地指導にも行かない。サンパウロのホテルからほとんど一歩も出ず、猪木の金を使いこんで裕福な生活をしていた。一応、設備だけは作った。大きな鉄パイプを通して、それを下から加熱して、バガスを粉砕、乾燥させるための機械。それに、M菌という自分の名前をつけた菌をかけて発酵させて、味付けとして糖蜜をかける。しかし全然牛が食わない。実際に現地を訪れて、牛を見た猪木はこう言いました。「ヤギみたいじゃないか!」それぐらい痩せていたのです。
M博士の方法ではうまくいかないことは、すでに私が沖縄の試験場で確認済みでした。一応それらしいモノはできます。チョコレートのこげたような甘いにおいのする発酵飼料で、おいしそうだけど、牛はまったく食べない。どうすればいいか。私は方法を考えました。
稲を刈って、刈った後の稲わらを積んで、発酵させて堆肥をつくる。これは古来から日本各地にある方法です。しかしこの方法では発酵に時間がかかりすぎる。発酵を早めるために、消石灰(Ca(OH)2)を振りかけてみた。これで稲わらがアルカリ性になって、稲の繊維からミネラル分が溶け出し稲が空洞化する。そこに微生物が住み着いて、発酵が早まる。半年で発酵します。これをバガスに応用しました。しかし会社は満足しませんでした。「もっと発酵を早められないか」と。
そこで試行錯誤の末、消石灰ではなく、生石灰(CaO)を使ってみた。プラス、苛性ソーダ、これを3対1で混ぜてバガスにふりかけると、バガスからリグニンが出ていく。リグニンは発酵阻害物質だから、これを除去することで発酵が圧倒的に早くなった。バガスがセルロールとヘミセルロースに変化しますが、これは牛の胃袋の中で発酵して生じる物質です。
さらに、これを牛においしく食べてもらうためには味付けが必要です。そこで、糖蜜と私の所有していた乳酸菌、これを加えて発酵させると、最高の飼料ができた。
とてもいいにおいがして、牛はこのにおいをかぐと、遠くから飛んできて、いくらでも食べる。大成功でした。この発酵飼料は今でも沖縄で使われています。
ブラジルの農家にも私の方法を指導して、それで牛肉事業は見事に軌道に乗りました。しかし繁盛はわずか2年で終わりました。ブラジルが不況に陥ったためです。独裁国家ですから、政府があらゆるものの価格の統一に乗り出しました。牛肉は1kgいくらとか、缶詰は1個いくらとか、すべての値段が統一された。苦労して育てた1トンを超える牛でも、300kgのやせた牛でも、同じ値段。肉質も何も関係ない。バカバカしいので、ブラジルの農家は牛肉を市場に出さなくなった。私の見ている農園には600頭の肥えた牛がいて、政府が「出せ」と言ってきた。最初は政府の言い値で出していたけど、金が支払われないので、こちらも出さないでいると、銃を持った役人が来て「出せ」と。これが独裁国家です。そして、ビジネスの終わりです。ブラジル事業は大失敗に終わりました。
いや、ブラジルでの経験で得たものもあります。
牛はウンコをします。そのウンコとバガスを使って、新しい堆肥を作った。その堆肥が売れに売れました。堆肥に興味のある農家に、その使い方を教えて、ノウハウ料をいただき、堆肥を作るための菌も供与した。
コーヒー、大豆、トウモロコシなど、農産物が豊かに実った。バイオマス肥料を使った循環型農業という、ひとつの形を作った。自慢じゃないけど、今のブラジルの豊かな食糧生産は、私の技術あってのものです(笑)
沖縄に牛の牧場があって、林原は途中で手を引きましたが、というか今は会社自体潰れましたが、私が今も指導しています。牛は最初600頭から始めて、今は3000頭います。Aランクの優秀な牛を出す牧場になりました。
バガスを発酵させる技術ではありますが、技術そのものは汎用的で、何もバガスに特化したものではありません。野菜くずでも木くずでも発酵に使えます。
使っている菌は、ざっと3種類で、まず乳酸菌。どこにでもいる乳酸菌です。あと、ガセリ菌とアシドフィルス菌。ガセリ菌は繁殖力を高める菌で、牛の胃の中にもいる。アシドフィルス菌は発酵の初期に酸をいっぱい出すので、他の菌に対して抑制的に作用する。
多種類の菌を使ったところで、結局優勢になるのは2,3種類だけ。プロバイオティクスとかいうけど、飲んでも生き残る菌もいれば死滅する菌もいる。
今の乳酸菌飲料の宣伝なんか見てると、ずいぶん大げさなことを書いている。ガセリ菌で骨粗鬆症が治るとか、脳機能が高まるとか。キリンの乳酸菌を飲めば、T細胞が活性化されるとか。私はあまり信用していない。
それは、私が研究の世界で、いろいろ見過ぎてきたせいかもしれない。まず自分の出したい結論ありきで、チェリーピッキングなんてざらにある。科学が真理の蓄積だなんて、とんでもない。白いものを黒と言いくるめられるのが科学です。
そんなふうに思っているときにプロポリスに出会いました。ブラジルで、たまたま出会った現地の人がこんなことを言う。
「これ、ミツバチが作る物質です。昔からブラジルの富裕層が愛用する万能薬です。癌でも風邪でも切り傷でもリウマチでも、何でも効くのですが、なぜ効くのか、その理由は分かりません。調べてみませんか」
1985年のことです。私は、1kgほどのプロポリスを日本に持ち帰り、会社上層部に掛け合いました。「この研究をさせてもらえませんか」と。
当時林原はインターフェロンを熱心に研究していました。インターフェロンはもともとは体内で産生されるものですが、これを理論的に合成する。林原は、そういう医薬品に興味がありましたが、健康食品にはまったく理解がなかった。というか、はっきりいうと、バカにしていた。「ハチがいればどこでも作れるようなものに何の価値がある?」と、まともに取り合ってくれない。結局、「でもまぁ、本命の仕事(畜産関係)をしっかりしたうえで、一人で研究するのなら、別にやってもいいよ」ということになった。
研究するにつれ、私はプロポリスのとりこになりました。「これは本物だ」と、知的な興奮を覚えました。
初めて出会ってから40年経って、今、プロポリスの販売を続けているのは、私が「これだけは本物だ」と今も信じているからです。