
ハーバード医学校で外科医としての修練を積んだウィリアム・コリーが、いまだ新人の頃、19歳の女性患者のオペを担当した。上腕骨に癌(肉腫)があったため、当時の標準治療に従い、腕をアンプタ(切断)したのだが、癌は全身の骨に転移していたため、その女性は死亡してしまった。
術後に患者が亡くなることは、当時珍しいことではなかった(今も珍しくない)。どれだけ多くの患者が死亡したとて、何ら反省することもなく、次なる患者に同じような手術をほどこし、遺体の山を築いていく。当時それが一般的な外科医のあり方だったけれども、このコリー医師が普通ではなかったのは、その19歳の女性患者の死亡を大変深刻に受け止めたことです。
「骨の癌にはアンプタ。その一択。転移の有無もまったく考慮しない。治療法が根本的に間違っているのではないか。我々は癌について何も分かっていないのではないか」
コリーは、かつて2年間の研修医を勤めたニューヨーク病院のカルテ保存庫に行き、過去のカルテを黙々と調べた。肉腫について過去15年のすべての症例を検討したところ、ひとつ、末期の肉腫でありながら、回復した事例を見つけた。肉腫の外科的切除を複数回にわたって受けたが、4回目の手術のあとに傷口に丹毒を発症して発熱し、なぜかそのあとに癌が完治した事例であった。丹毒とは、化膿連鎖球菌(Streptococcus pyogenes)による皮膚感染症のことをいいます。1891年、その患者を追跡したところ、健在であることが分かった。退院から7年経っていたが、癌の再発は皆無だった。
癌患者がたまたま丹毒にかかり高熱をだし、その後寛解した。
コリーはここに一抹の真理が含まれていると直感し、癌患者に丹毒の培養物を接種することを考え始めた。
何度かの試行錯誤の末、生きた丹毒よりは死菌のほうが扱いやすく、また、連鎖球菌だけを使うよりはもうひとつ別の菌(セラチア菌)を併用したほうが効果が高いことが分かった。こうして、加熱殺菌(あるいは濾過殺菌)した連鎖球菌とセラチア菌の混合物(Coley toxin)がさまざまな奇跡を起こすことになった。
手術不能の肉腫を患う19歳の男性がいた。癌はすでに腹壁や膀胱に浸潤していたため、尿は垂れ流しであり、起き上がる力もなく、死ぬのを待つばかりという具合だった。この男性に対して、1893年1月コリートキシンの投与を開始したところ、4か月後、巨大な腫瘍が完全に消滅した。患者はすっかり元気を取り戻し、17年後に別の原因(心臓発作)で亡くなるまで健康に過ごした。
実は、丹毒の菌を癌患者に投与することで成果を上げた事例は、コリーが初めてではない。1882年にドイツのFehleisenが手術不能の癌患者に投与した事例など、ドイツやフランスで複数の先行事例があった。

コリーの娘ヘレン・コリー・ノーツによると、コリートキシンは決して万能薬ではない。
コリートキシンを受けた癌患者894人を分析したところ、5年生存率は、手術不能患者で45%、手術可能患者で51%だった。これは、現在の標準治療による5年生存率を上回っている(Nauts 1975, 1976, 1980)。
コリートキシンは大いに注目され、メイヨークリニックなど米国の一流病院でも使用されたし、コリーのもとにフランスやイギリスから照会される患者もいた。ロンドンのリスター研究所(Lister Institute)やドイツの製薬会社Submedicaで製造されるほどだった。ドイツではコリートキシン(商品名はVaccineurin)は、癌だけではなく、神経痛や関節炎にも著効した症例報告が数多くなされた。
しかし現在、コリートキシンは使われてない。というか、誰も知らない。なぜなのか。
ひとつの理由として、コリー自身、「投与する医者のほうで手間がかかる」と認めていた。コリートキシンの強さ(potency)をどれぐらいにするか。薄すぎると効かないし、濃すぎると丹毒の毒性が強く出てしまう。投与の部位、量、頻度をどうするか。あるいは、どれくらいの期間、投与を続けるのか。このあたりの塩梅は、医者の技量が求められるところで、多くの医者はそんな手間を嫌がるものだ。
でも、そんなことは些末な理由にすぎない。現在主流の抗癌剤が投与プロトコルが確立されているように、コリートキシンでそれができないはずがない。
有効性は間違いない。効くことは分かっている。
きちんとした発熱反応(38.9~40℃)を惹起でき、かつ、投与を3~4か月継続したときに、最良の結果が出る。たとえば、3~4か月治療を受けた骨原性肉腫患者の場合、85%が5~50年間生存した。これは手術単独の生存率が10~12%であることを考えると、極めて高い生存率だ(Nauts 1975)。
つまり、投与した薬剤の強さ(potency)が適切で、投与方法も正しければ、治療成功率は非常に高いのだ。しかし、現場の多くの臨床医は「結果が一貫しない」という感想を持っていた。それはひとえに、薬剤の濃度が薄すぎて、適切な発熱反応を惹起できてないせいだった。
なぜ効くのか。
まず、毒による発熱である。コリートキシンの投与により、ある種の「感染状態」になることで発熱する。癌細胞は40.5~41.6℃で死滅するが、正常細胞はこの温度では死なないという客観的事実があって、昨今のハイパーサーミア(温熱療法)もこの理屈によって行われている。しかしコリーは、温熱だけが唯一の機序ではないと考えていた。
コリートキシンの投与により、リンパ球が増加するし、侵入した細菌が鉄や栄養素を奪う。鉄は癌の成長に不可欠で、細菌がそれを奪うものだから、癌は成長できなくなる。
また、細菌の侵入により免疫系が活性化し、サイトカイン(TNF、インターフェロン、インターロイキンなど)が分泌される。これが癌に対する免疫反応を惹起し、結果、癌が破壊される。
こんな具合に、コリートキシンが癌に効くメカニズムもだいたい分かっているわけです。
しかし、それなのに、コリートキシンの製造は中止され、もはやこの治療法の存在を知る人さえいない。なぜなのか。
当時、医学界の大御所にジェイムス・ユーイングという人がいて、この人はコリートキシンに反対し、代わりに、当時初めて登場したX線による治療を推進していた。また、第二次大戦後には化学療法が登場して、これを推進するRhoadsという医者がジョン・ロックフェラーに手紙を書いた。「コリートキシンの研究に資金補助を出すのは絶対に止めたほうがいい」と。
癌治療としてX線(放射線)や抗癌剤をスタンダードにすることができれば、高額なX線発生器を世界中の病院に売りつける口実ができるし、抗癌剤によるマーケットは莫大なものになるだろう。しかし、細菌毒を注射するという安価な治療法が普及したところで、何ら金銭的なメリットがない。
「病気は金になる」いわゆる西洋医学を作り上げたロックフェラーは当然このことを知っていた。安価にして有効な治療法が存在しては、商売に差し支える。「簡単に治ってしまっては困る」わけです。
細菌毒の注射による癌治療といえば、丸山ワクチンなんてまさにそのものだよね。結核菌の抽出物を注入することで、体内の免疫反応を惹起するのだから、コリートキシンと理屈は同じです。
「病気が簡単に治ってしまっては困る」という人が、医療構造自体を支配している。嘘みたいな話だけど、本当のことですよ。