
初めて奥中さんに出会ったのは、2021年4月だった。續池さんが大阪で主催した宴席でたまたま隣り合ったことで、何かと話がはずんだ。
2021年の日本がどういう空気感だったか、みなさん覚えていますか?
「ステイホーム!」「行動自粛!」「マスク!手洗い!距離!」「とにかくワクチンを!」という狂った時代でした。
そんな時代に、僕らはノーマスクで出歩き、食事をともにしていました。世間の大半が「恐怖の感染症」に萎縮するなか、嘘を見抜いている僕らは堂々と街を闊歩していました。こういう、異常時に連帯感を共有した絆って強いです。奥中さんとの交流は今も続いています。
彼、当時は名前を一般公開していなくて、ツイッターのハンドルネームの「張雲」で通していて、僕も「張雲さん」と呼んでいました。写真も公開していなかったから、上記の写真は4年前には出せなかったものです。
https://note.com/nakamuraclinic/n/n16b8e64bbe09
奥中さんは当院に月2回、出張で来てくれるんだけど、実は奥中さんのお母さんも独自の流儀をもった治療家です。妻がこんなふうに証言している。
「奥中さんのお母さんの施術は、5、6回は受けたかな。ちょうど妊娠前、妊娠中、産後に。
妊娠前に見てもらったとき、左手が痛かったんだけど、お母さんの施術後、すぐに治った。ほら、私、足が痛いって言ってたとき、あったでしょ。お母さんには「足が痛い」なんて言ってないのに、触っただけで、「ここ、肉離れがあるよ」って。自分ではそんな実感がなくても、お母さんは手の感覚で症状が分かっちゃう。
あと、お母さん独自の体操がある。奥中さんも独自の体操を勧めるけど、お母さんにもそういうのがあって、それはこうちゃんが生まれる前、やってた。一番いいのは、奥中さんの施術とお母さんのオイルマッサージ、それらを交互にやるのが一番効くと思う。
こうちゃんが生まれてから、体がずっとしんどくて、手のむくみもひどかった。そのときにお母さんの施術を受けて、すぐによくなった。悪いものが流れたみたいで、手のしびれも消えた。
ちょうど妊娠中、こうちゃんがおなかにいるとき、奥中さんには2週に1回施術してもらってて、そのときは手も足もむくんで大変で、そのとき、奥中さんが悪いものを流す施術をしてくれた。「これは母の流儀なんですけど」って言ってたから、奥中さんの使う技のなかにも、お母さん由来のものもあると思うよ」
お母さんは手が敏感で、人の体を触ればどこが悪いか、だいたいわかってしまうような人だけど、それだけじゃなくて、なんというか、「見える人」でもある。
腰の調子が悪いという女の子が来て、施術していると、ふと、軍人が見えた。その軍人の見ている風景、その想念さえも伝わってくる。無念の思いを抱えてこの世を去った軍人が、ある縁故があって、この女の子に取り憑いているようだ。お母さんにはその軍人の気持ちが分かった。しかし共感だけでは、上がってくれない。成仏するよう、その軍人を示唆し導く。すると、少女の腰痛はすっかり消えた。
一見、見た目にはただのオイルマッサージである。しかしその実態は、むしろ除霊というべきだろう。
「僕には父の記憶がほとんどありません。3歳になる前に亡くなったからです。母は僕を女手ひとつで育ててくれました。45年前、某駅前のブティックを経営し、それと並行する形でマッサージの仕事もして。家のことも手を抜かない。学校に持たせる僕の弁当も作るし、夕食も作ってくれる。どれほど大変だったことか。でも母はまったく苦にしていない。これは母の天性の素質だと思います。どれだけの苦境に陥ろうとも、物事を悪くとらない。悲観的になる前に、まず動く。幼い子供と二人、生きていかないといけない。嘆いている暇があれば、内職のひとつでもしよう。母にはそんなたくましさがありました。
時代がよかったこともあります。昭和の経済成長のど真ん中の時代に自営業をやってきたので、そういう意味では追い風でした」
マッサージの腕を生かして、出張サービスの仕事をしていた。給料はずいぶんよかったけれども、客層は選べない。
あるとき、奈良ロイヤルホテルに呼ばれた。案内された一室の前には、若い衆が2人、直立不動で立っていた。お母さんを検分する目つきでにらんでから、部屋に導き入れた。部屋の奥の座卓に、目つきの鋭い男がタバコを吸っていた。その男が組長であることは言わずと知れた。
普通の若い女性ならこの異様な雰囲気に恐れをなして、「失礼させてもらいます」とそそくさと部屋から逃げ出したとて責められない。しかし、お母さんは天真爛漫の人である。相手がヤクザであろうが誰であろうが、物おじしない。というか、人を見て恐れる、恐れないを分ける考えがない。軽蔑も差別もないし、恐怖もない。お母さんにとって、ただ、人は人である。だから、組長の施術をしながら、その人の指が2本ないことに気付いて、「ああ、ここ、指。えらいケガしはったねぇ。痛かったやろうねぇ」と言ったとき、その素直な物言いは、組長の心にしみた。
ヤクザは、侮蔑に人一倍敏感である。バカにするような行動、なめた言葉は許さない。指がないことに対して嘲笑的な言葉を言おうものなら、命を以て償わせる。それぐらいの誇りを背負って生きているのがヤクザという人種である。お母さんは、そんなヤクザの心理はまったく知らない。ただ、指が2本ないことに対して、人間としての深い同情から、「痛かったやろうねぇ」と言った。言葉に邪がない。敏感な組長にはそれが伝わった。組長はこう答えた。「ねえちゃん、おもろいな」
以来、組長が奈良近辺のホテルに宿泊するときにはお母さんに指名が入るようになった。施術のたびに、組長はお母さんの身の上話を聞いた。2歳の子供を残したまま、夫がこの世を去ったこと。午前中はブティックで物販の仕事をして、午後はマッサージで生計を立てていること。
「そら大変やな。ねえちゃんがもっとこっち寄りの人間なら、俺の女にならへんかと誘ってたところや。でも、ねえちゃんはこっちに来たらあかん。でも、堅気の世界、何かともめることもあるやろう」と言いながら、名刺をひとつ取り出して、「これ、持っとけ。何かもめたときに、俺の名前を出せばいい。たいていの揉め事はそれで解決する。ああ、そうそう、それから、子供連れて、これ、見に行っておいで。ねえちゃんも休まなあかんで」と手渡されたのが、歌舞伎の超S席のチケット。関係者でないと手に入らないプレミアチケットで、組長はこれをプレゼントすることで、お母さんに親愛の情を示したのだった。
「小学生のころ、歌のトップ10というテレビをたまたま見ていたとき、ニュース速報として画面の上にテロップが流れました。『○○組の組長○○が銃撃されて死亡』と。母が、あれ、ひょっとして、と名刺を確認したら、やっぱりその人でした。
母は、そんな具合に、ヤクザの懐にもすっと入って行けるような天然なところがあって、しかも、決しておまぬけではなかった。女手ひとつで子供を育てる自営業者で、店も切り盛りするしっかり者。だから母は、中村先生の奥さんのことが好きなんです。よく動く子だなと。自分のことを見ている感じがするんでしょうね。
母がブティックをやめて、今のようにマッサージ一本になったのは、22年前のこと。
僕が今の整体院を始めた当初の頃、ある日、新規のお客さんが来た。近所に住んでるおじさんで、「今からいける?」というので、「夕方からなら大丈夫ですよ」と答えた。母は夕方には家に帰って、僕だけでそのお客さんの対応をしました。
翌日、整体院に出勤してきた母が、血相を変えて、「あんた、きのう誰が来たん?」すごい雰囲気に僕も気圧されそうになりながら「近所に住んでる〇〇さんが」と説明するやいなや、母はすぐにカルテを手に取って、ある知り合いに電話をした。「○○さんって知ってるか。この人の身内で、最近不幸がなかったか」と聞くと、電話口の相手が「実家が火事で、ご両親が亡くなったよ」と。「ああ。わかった。ありがとう」
電話を切った母に、何だったのかと聞くと、「今日、出勤してくるとき、ここが燃えてるのが見えたから。火が見えたから。それで誰が来たのかなって」
要するに、人間の念です。その近所のおじさんは、ご両親を火事で亡くした。その想念が、施術を受けたこの整体院に残ってたんです。母はそれを感じて、ここが火事になっているように見えた。それでパニックになったということです。
僕はそういう、霊的なものとか、念のようなものはあまり感じない。実際、その近所のおじさんも、見た目はけろっとしてた。でも、その人の心の中には火事でつらい、苦しい、熱い、助けて、という強烈な想念があって、そういう想念って、施術の後で、ぽろっと落ちて、ここに残ったりする。
僕もたまに感じます。あ、あの人、念を置いていったな、みたいな。
先生もそういう経験、ありませんか。ここのクリニック、たくさんの人が来るから、そういうのは絶対ありますよ。先生が感じないだけで。もちろん、人の流れが激しいから、いくつかの念同士がぶつかって中和されたりしますが。
オカルトの話をしているつもりはありません。母は、確かに一般的な意味で言うと、いわゆる「見える人」ということになるかもしれない。でも母自身は、霊を見ているなんて意識はない。すべて、母の経験のなせるわざです。母は、とにかく、苦労の多い人生だった。だから、他の人の苦しみが分かる。
霊障とか除霊などと言えば、すごい話みたいだけど、実際は地味なものですよ。母が「今日来た人、帰りはらへんねん。ずっと泣いてはんねん。ほら、そこで」と手で示す。でももちろん、僕には見えない。「なあ、もう帰って。うちに来ても何もいいことありませんよ。お引き取りください、っていうねんけど、全然帰らはらへんねん」普通の人が聞けばゾッとするような話だろうけど、母は大したことだと思っていない。僕もすっかり慣れてしましました(笑)」
奥中さんの施術は僕も何度か受けたことはあるけど、奥中さんのお母さんの施術は受けたことがない。
まだ現役で仕事をしておられるけど、新規の顧客はとっていないということなので、お母さんの指名予約はできませんよ(笑)