
アリストテレスは、脳ではなく、心臓こそが記憶、感情、思考の中心であると考えていました。彼にとって、脳は「血液を冷却するための器官」に過ぎませんでした。
心臓移植を受けた人が「ドナーの幻を見る」的な話を聞いたことがあります。大学病院で移植を手がけている外科医なら、この手の話をいくつか経験しているものです。
心臓移植後の性格変化については、すでに多数の論文が出ています。

心臓移植患者の性格変化について、論文の著者でもあるポール・ピアサル博士は、150人の心臓移植患者へのインタビューから「細胞には記憶する能力がある」と確信し、自身の研究を本として出版しました。

【移植例】18歳男性→18歳女性
・音楽が好きで作詞や作曲もする18歳男性が自動車事故で死亡した。1年後、彼の両親は、生前彼が作ったオーディオテープを見つけた。『ダニー、僕のハートは君のもの』というタイトルで、死亡した自分が誰かに心臓を与える運命にあることを歌ったものだった。両親は、息子が自分の死を予期し、それを歌にさえ歌っていたことに驚いた。しかしその後、両親はもっと驚くことになった。
息子の心臓のレシピエントは、ダニエル(愛称『ダニー』)という18歳の女性だった。この女性がドナーの両親と会ったとき、三人で彼の音楽を演奏しようということになった。女性は彼の歌を聞いたことがないにもかかわらず、歌詞を完全に「覚えて」いた。
【移植例】16カ月男児→7か月男児
・16カ月男児が溺死したため、その心臓が7か月男児に移植された。ドナーには軽度の脳性麻痺があり、症状は主に左側にあった。レシピエントは、移植前にはそんな症状は皆無だったが、移植後左側に筋固縮と振戦が見られるようになった。
【移植例】17歳男性→47歳男性
・鋳物工場で勤務する47歳白人男性が、17歳の黒人男性から心臓移植を受けた。移植後、レシピエントは自分でも驚くほどクラシック音楽が好きになった。後に明らかになったところでは、ドナーはクラシック音楽の愛好家で、バイオリン奏者だった。彼は射殺されたのだが、その際にもバイオリンケースを胸に抱いていた。
【移植例】14歳女性→47歳男性
・47歳男性が14歳女性から心臓の提供を受けた。その14歳女性は、女子体操の選手だったが、生前摂食障害があった。移植後、レシピエントの家族はこう語る。「お父さん、食後に吐き気を感じて急にトイレに行くようになりました。あと、子供みたいにテンション高くて、急にケタケタ笑ったりして、人がすっかり変わったみたいです」
【移植例】19歳女性→29歳女性
・29歳女性はジャンクフードが大好きで、心内膜炎から心筋症を発症するなど心臓が悪いにもかかわらず、健康にまったく意識を向けない。性的嗜好としては、同性愛者であることを自覚していて、男を毛嫌いしていた。あるとき、自動車事故で亡くなったベジタリアンの19歳女性(「サラ」)から心臓移植を受けた。
ドナーの母「サラは可愛い子でした。健康志向で、私が肉を食べるといつも怒られたものです。恋愛については奔放で、お付き合いする男の人は数か月おきにコロコロ変わりました。実に恋多き女性という感じでした。交通事故の知らせを受けて、私は病院に駆けつけました。亡くなる直前まで、私と筆談で会話していました。意識をなくしかけた状態でも『車がぶつかったときの感覚がずっとある』と言っていました」
レシピエントの29歳女性「新しい心臓になってから、変わったことがあります。最初の頃はほぼ毎晩、今ではときどきになったけど、交通事故の衝撃を感じます。胸部に、実際に感じます。医者に言っても『何も問題ない』と言われるのですが。あと、肉が食べられなくなりました。私、マクドナルドが大好きだったのですが、今は肉を食べると吐いてしまいます。においをかいでも動悸がするぐらいです」
もうひとつ、レシピエントの大きな変化として、「もう女性に魅力を感じない」と言うようになり、その後実際、男性と結婚した。
・若い男性が心臓移植の手術を終えて家に帰ってきたとき、母にこう言った。「万事、申し分なかったよ(copasetic)」
母「copaseticなんて、こんな言葉はうちの子のボキャブラリーにありません。私も使わないし、この子が使ってるのを聞いたこともない。でも今ではしょっちゅう言います」
後日判明したことだが、この言葉は、ドナーとその妻が口喧嘩をした後などに、ドナーが「これでお互い言いっこなし。問題なし」と話をまとめるときに使う言葉だった。
ドナーの妻「あの人が交通事故で亡くなる直前にも、私たち、口喧嘩をしていました。でも、ケンカした状態のまま、仲直りすることなく、夫は亡くなってしまいました。夫は「問題なし(copasetic)」とケンカをおさめてから旅立ちたかったに違いありません」
・8歳女児が心臓移植を受けたのだが、そのドナーは殺人事件の被害者である10歳女児だった。
移植後、レシピエントは毎晩のように悪夢を見るようになった。誰かが自分を殺しに来る夢である。夢があまりにもリアルで恐ろしいので、精神科医のサポートが必要なほどだった。
精神科医が少女の夢を詳しく聞いたところ、内容は驚くほど具体的であった。彼は、それを夢の話というよりは現実の話であると考えた。殺害の時期、殺傷に使用された武器、殺害現場、殺害時の衣服。彼は少女の証言をカルテに書きとめ、警察に通報した。少女の言葉がすべて事実であったことは、後に実際に殺人犯が逮捕されたことから証明された。

もともと健康なダンサーであったクレア・シルビアは、原発性肺高血圧症に罹患し、ついには心臓と肺の移植が必要な状態にまで陥った。幸いにもドナーが見つかり、1988年5月29日心肺移植手術を受け、手術は無事成功した。
手術後、シルビア氏に奇妙な変化が現れた。やたらとビールが飲みたくなり、チキンナゲットとピーマンが大好物になった。手術前にはそんな嗜好はまったくなかったにもかかわらず。
同じ夢を何度も見るようになった。ティムという名前の男の夢で、「ひょっとしたらこの人がドナーかもしれない」とシルビア氏は思った。
移植前の死亡記事を探したところ、彼女に心臓を提供したと思われる人を見つけた。バイク事故で死亡した18歳男性だった。
シルビア氏がドナーの家族に会いに行ったところ、ティムの好みが、ビール、チキンナゲット、ピーマンであることを聞かされた。
父「あの子は無類のチキンナゲット好きだった。バイク事故で死んだ、そのときにも、ポケットからチキンナゲットが出てきたぐらいだよ」
これだけ数多くの証言があるのだから、「偶然」のひとことで片づけることはできない。心臓は物事を記憶しており、心臓移植によって記憶も移行する。現代の脳絶対主義からいったん離れて、アリストテレスの主張「心臓こそが記憶、感情、思考の中心である」に一抹の真理が含まれていることを認める必要がある。
今後の科学の課題は、メカニズムの解明である。心筋細胞に物事を記憶する働きがあるとして、それは海馬が記憶する働きと同じなのか?心臓と脳との関係は?そもそも記憶とは何なのか?課題は山積みだ。
心臓移植によってドナーの記憶を引き継ぐ。この事実は、シナリオライターや小説家の想像力を掻き立てるようで、映画とかマンガでこれをモチーフにした作品も多数見られます。北条司の『エンジェル・ハート』なんて、もろにそうだよね。
最後に、心臓移植に関連して、ちょっと不思議な人を紹介しよう。

コロンビア医療センターで働いているジュリー・モッツさんは、病院勤務ではあるけれど、医者でも看護師でも検査技師でもありません。彼女の仕事はヒーラーでした。たとえば、手術前不安でどうしようもない患者の相談に乗ったり、術後に抑うつ状態になった患者を励ましたり。医者から見れば、こう言っては失礼だけど、「あってもなくてもどっちでもいい仕事」です。患者満足度の点で、いたほうがちょっとはいいかな、ぐらいな感じで、病院は彼女を雇い始めました。
しかし病院って狭い世界で、なんでも噂になります。「あの医者、ヤブ医者だよ」という悪評とか「3階のどこどこ病棟の医者と看護師が不倫関係にある」みたいなゴシップとか。逆に、いい噂というか、「ヒーラーのジュリーさん、あの人、すごい」というのが病院内で評判になったんですね。「あの人にヒーリングをしてもらうと、術前の不安が嘘のように消えた」とか、「術後の経過が全然違う」とか。患者は自分の命がかかっているものですから、こういう噂に敏感です。
ジュリーの噂を聞いた心臓外科医のオズ先生は、興味が出て、過去のデータを調べてみました。すると、確かに、ジュリーがヒーリングをした患者では、予後が確かにいい。というか、移植拒絶がほとんど起こっていない。
「ヒーリングっていうけど、いったい何をしているの?」ジュリーに聞くと、「魂に語りかけています。『新しい心臓を受け入れるように』と」
「それってさ、今、術後にそういうヒーリングをやってるわけだけど、術中にやったほうが効果的だったりする?」
「それはそうだと思います」
そこでオズ先生、オペ室にジュリーを招き入れるようになった。手術中にヒーリングをしてもらうためた。
すると、確かに経過良好で、拒絶反応が減少し生存率が上昇した。
いい話ですね。
しかし「いい話だな」と感心するだけではなくて、他の病院でもこういうことがもっと行われるといいよね。ヒーラーとか気功師のサポートを得ることで手術成績が向上するのなら、それは病院にとっても患者にとってもメリットがあることでしょ。
でも、「気なんて存在しない」とか「ヒーリングなんて嘘」という意見が多数派だろうから、ヒーラーを手術室にいれるなんて、難しいだろうな。オズ先生みたいな柔軟な先生、なかなかいないよ。